
今月下旬から、上場企業の2011年3月期決算発表が本格化する。およそ1ヵ月に及ぶ決算発表シーズン中、東京証券取引所内がごった返す。いわば「民族大移動」が起きるのだ。
東証上場企業の担当者が全国各地から一斉に押し寄せ、東京・日本橋兜町にそびえる巨大コンクリートビルである東証の中はまるで満員電車のようになる。新聞やテレビで紹介されることが多く、風物詩にもなっている。
一方で、「インターネットの時代になぜこんなに非効率なことをやっているの?」と疑問に思う人もいるだろう。個人的にも東証内で上場企業の担当者に会い、「ほかにやり方はないものか」といったぼやき声を聞いたことが何度もある。
実は、日本を除く主要国では決算発表シーズンに「民族大移動」は起きない。なぜ日本が例外なのか。
原因は記者クラブである。東証には、主要新聞社やテレビ局の記者によって運営される東証記者クラブがある。証券会社が集中する街である日本橋兜町にちなんで「兜クラブ」と呼ばれる同クラブは、決算発表の一大拠点になっているのだ。
日米貿易摩擦に発展した記者クラブ問題
年4回の決算発表シーズンになると、2000社以上に及ぶ上場企業の社長や経理担当役員、広報担当者が兜クラブを訪れ、決算資料を配布すると同時に記者会見する。国内に無数ある記者クラブの中でも、記者会見の開催数では兜クラブは突出した記者クラブといえよう。
通常、記者は取材先を訪ね、話を聞く。取材先を呼び付けることはめったにない。社説を書くベテランの論説委員が本社で主要官庁幹部の訪問を受け、「ご説明」に応じることはあるが、一般の記者は「ご説明」とは縁がない。
ところが決算発表は違う。北海道から九州まで、全国各地の上場企業の幹部が実質的に呼び付けられ、一般の記者に対して「ご説明」する。せっかく会見を開いても、東証内があまりに混雑していることから、まともに聞いてもらえないことさえある。
記者クラブ問題では、首相や官房長官の会見で知られる官邸記者クラブの開放が注目されている。海外メディア記者やフリーランス、雑誌記者に会見が開放されず、記者クラブの閉鎖性の象徴と見なされてきた。それに対抗して今年、フリーランスの記者らが運営する「自由報道協会」も発足している。
記者クラブ開放問題では兜クラブが元祖である。1990年代の前半の時点ですでに、兜クラブの閉鎖性は日米貿易摩擦にまで発展し、海外メディアへの開放が実現している(詳しくは下山進著『勝負の分かれ目』)。国際的な注目度では兜クラブは群を抜いているからだ。
兜クラブは、株価に影響を与える決算情報の宝庫である。株式市場がグローバル化しているなかで、世界の投資家が兜クラブ発の情報を注視している。言い換えると、経済通信社を中心とした海外メディアにとって兜クラブに足場を築き、英語でニュースを発信することは至上命題だったのだ。