2010.03.01

「ネットで公開すると売り上げは落ちる」は本当なのか

著書を無料公開した「日本版フリー」の衝撃
現代ビジネス

岩瀬 本と同じ内容をPDFにしてネットで公開するのは簡単ですが、それでは読む人がいません。書籍にすれば、流通ルートに乗り、今回の場合は文春新書の新刊として書店に並びます、新聞広告や書評欄に出ることで、読者の目に触れることもあります。一方で、いきなりネットで公開をしても、誰の目にも触れないままになってしまいます。ですから、いったんはすでにあるシステムに乗せようと思いました。

坪田 ただサイトで書いてるだけでは注目されないということですね。しかし、まだ売れている本です。よく出版社がOKをしましたね。

岩瀬 おかげさまでこの本は、現在6刷まで来ています。なので出版社としてももう充分にもとはとったでしょう(笑)。それに、公開されたものを見て買う人もいるでしょう。そう説得し、理解をしていただきました。ただ、前例のないことなので、出版社は悩んだだろうとは思います。

 ネットで見かけた方が買ってくれる可能性は充分にあると思っています。今回の本は、多くの方が1000万円近くを支払う生命保険についてのガイド本です。読み流して終わりではなく、『家庭の医学』のように手元に置いておこう、819円なら買おうと思ってくれる方がいるはずです。

 そもそも書籍だって、やろうと思えばタダでアクセスできるものです。立ち読みができますし、図書館もあります。ネットでタダで公開されているならそれで満足という方もいるでしょう。

 しかし、1ユーザーとして考えると、250ページもあるPDFを読むのは辛いんですね。印刷したとしても、紙代やインク代を考えると、新書一冊分の代金に相当すると思います。

坪田 すると、全文は公開しても、考え方としては、アマゾンの「なか見!検索」のようなものですか。こういう情報があるなら買ってみようかなと思ってもらうという。

岩瀬 そうですね。

ホームページと書籍の違い

坪田 今回の岩瀬さんのチャレンジは、一つのテーマについて書き込む、新書というパッケージがあってのことですね。そうなると、あらためて本とは何なのかという話になります。岩瀬さんも、この本を読むと落語で言う枕のような話を最初に書いて、それから個別の話を書いています。読者がシーケンシャルに読むことを前提とした作りにしています。そのストーリーを作るテクニックがないと本にはならないのですが、執筆に当たってはそのあたりは意識しましたか。

岩瀬 いいえ、そこまでは考えていません。ただ、これだけの量の文章を読んでもらうための媒体が、本しかなかったのです。本以外の媒体がすでにあれば検討したと思います。工夫した点があるとすれば、保険の話だけ書いても面白くないだろうから、エピソードを交えたくらいです。

 実は同じような内容は、会社のホームページにも掲載していました。PDFで配布することもできましたが、やはり読みにくいと思います。書籍の持つ、混んだ電車でも読めるというポータビリティもありません。

 今回、ウェブでPDFを公開するに当たって考えたのはこのあたりです。

 これまでは書籍に対して漠然と支払ってきたお金は、コンテンツだけではなく、パッケージやポータビリティ、読みやすさに対しても支払っていました。ウェブで公開する場合は、書籍という形でハンドリングされていたものがバラバラになるということだと思いました。だから、ただ本をスキャンしただけならタダでしょう。でも、iPhoneで読みやすいように加工してあれば有料ということになると思います。

 本を買うとき、何に対してお金を払っていたのかが、クリアになるのではないでしょうか。

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