2012.02.10

栴檀は双葉より芳し?監督たちに聞く
少年野球時代 彼らはすでに天才だったのか

ダルビッシュ 田中将大 中村剛也 坂本勇人 松田宣浩ほか

 山崎氏によると、実は当時のチームには、彼ら以上の才能を感じさせるA君という同い年の投手がいた。

「遠投なんか田中や坂本より遠くに投げていましたからね。Aにもプロに入れるだけの素質はあったでしょうね」

 A君は、投げれば田中以上の肩をみせ、走れば坂本に負けないタイムを出した。打撃でも二人と互角。センスの塊のような選手だった。

 しかしA君は、小6の時に登った木から落下してケガを負い、それ以来取り残されていったという。

「Aには田中や坂本ほど、『何がなんでも負けたくない』という執着心がなかった。今思えばその違いが、3人の将来を分けることになったのかもしれませんね」(山崎氏)

 西武ライオンズの栗山巧外野手(28歳)と、オリックス・バファローズの坂口智隆外野手(27歳)は、中学時代、先輩・後輩として硬式野球のヤングリーグ「神戸ドラゴンズ」でしのぎを削った。

「二人とも入ってきたときから目立つ子でした。キャッチボールをさせると投げ方がきれいだし、足も速い。伸びる子というのは脚力があるんです」

 というのは神戸ドラゴンズ代表の宮原道彦氏。二人は打撃面でも甲乙つけがたい存在だった。

「うちのグラウンドはライトが85mで、そこに高さ2mのネットを設置していたんですが、二人はバッティング練習で、ネットを楽々と越す打球を連発していました。隣は大学の馬術部の練習場で、もし馬に当たったら大変です。それであわててネットを高くした。いまでも、そのネットは『栗山ネット』とか『坂口ネット』と呼ばれています」

 ただし、この先輩・後輩、性格はまるで違う。

「栗山くんには、よく後輩に掌を見せてあげるように頼んだものです。とても中学生とは思えないほどマメが重なっていてね。うちの練習は土曜と休日だけなんですが、普段からその何倍も何十倍も、バットを振り込まないとそうはならない。自宅でも熱心に素振りしていたんでしょう。後にも先にもあれほど練習する選手は見たことがありません」

「おかわりくん」の連盟記録

 西武のキャプテンとなった栗山の練習量はチーム随一。首脳陣からの信頼も厚い。栗山が「努力の人」なら、坂口は「天才肌」だ。

「坂口くんはチームのエースで4番。遠投では軽く100mを超えていました。打つ方でも、同じ神戸にある須磨クラブの武内晋一くん(28歳・ヤクルト)に激しい対抗心を燃やしていて、対戦すると本塁打の競演をみせてくれましたよ」

 性格の全く違う二人だが、共に高卒でプロ入りし、それぞれリーグを代表する選手となった。

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