2012.02.08

[柔道]
浅見八瑠奈×二宮清純<Vol.2>「谷亮子に勝ちたかった」

スポーツコミュニケーションズ

格好良かった憧れの存在

二宮: やはり五輪の柔道を最初に見たのは、田村亮子として活躍していた頃ですか?
浅見: そうですね。ずっと憧れの存在でした。アトランタ五輪でケー・スンヒ(北朝鮮)に決勝で小外で返されて負けた試合は、自分のことのように悔しかったです。優勝すると信じて応援していたので……。世界の壁の厚さを感じました。

二宮: バルセロナ、アトランタとあと一歩のところで優勝を逃し、シドニーでようやく念願の金メダルを手に入れた。「やっと初恋の人に巡り合えた」というセリフが印象的でした。その時の試合は覚えていますか?
浅見: もちろんです。最後、リュボフ・ブロレトワ(ロシア)内股できれいに投げて勝って、すごいうれしかったです。「最高でも金、最低でも金」と言って、そのとおりになったので気持ちが強いんだなと思いました。

二宮: 本当に谷さんのファンだったんですね。
浅見: オリンピックに5回も出て連覇もして、すごいなと思いながら見ていました。小さな体でも動きが速くて大きな相手でも投げ倒せる。とても格好良かったです。そんな人と実際に戦うことになるとは思いませんでした。

二宮: 谷さんと話をしたことは?
浅見: あまりありませんが、北京五輪前の練習でマッサージをされている時に、谷さんが携帯電話でムービーを見ていました。それがお子さんのムービーだったので、「私も見たいです」って見せてもらったことはあります。

二宮: 谷さんは国会議員の仕事に専念するため引退を表明しました。本音としては、もう1回対戦して勝ちたかったのでは?
浅見: はい。やはり谷さんじゃなきゃダメなんだとみんなに思われないためにも、今度は負けたくなかったですね。私は柔道だけやっているので、練習量では絶対に負けていないと思っていたので……。

(つづく)

浅見八瑠奈(あさみ・はるな)プロフィール>
1988年4月12日、愛媛県出身。柔道一家に生まれ、3歳頃から柔道をはじめる。新田高では3年時にベルギー国際で初優勝。山梨学院大に進学後、1年時 に全日本ジュニア、講道館杯を制覇。09年は国際大会5戦ですべて優勝と強さをみせる。10年の世界選手権女子48キロ級では初出場ながら初優勝をおさめ ると、11年の同大会でもライバルの福見友子を決勝で下し、連覇を収めた。コマツ所属。組み手は右、得意技は背負い投げ。袖釣り込み腰・体落し。身長 153センチ。

※このインタビューは2010年10月に実施したものです。

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