中野 あの有名なホーンブロワー・シリーズですね。
シマジ あの長い物語を纏めた「ホレーショ・ホーンブロワーの生涯とその時代」という副読本を書いた作家がいるんです。
中野 たしかに英国人は伝記好きですからね。
シマジ ところがサー・ホレーショ・ネルソンは実在の人物ですが、こちらのホレーショ・ホーンブロワーはセシル・スコット・フォレスターの作った架空の人物だったのです。創作されたこの人物の家系図から屋敷の絵まで入れて伝記を書いた作家は、C・N・パーキンソンという憎々しいやつです。おかげでわたしはずうっとホーンブロワーは実在の人物だと信じていました。
中野 わたしもいまのいままで本当に生きていた軍人だと思っていました。まるでシャーロック・ホームズ並みのユーモアがあるいい話ですね。あの海洋冒険小説は沢山の人に愛読されたんでしょう。お洒落なお話です。一種のダンディズムを感じますね。
シマジ たしかに海上の会戦は帆船時代がいちばん面白かったでしょう。レーダーもなかった。敵の顔がはっきりみえたり、突然、島影から敵と出くわすんですからね。
中野 戦争の残酷さは、そのころの方が生々しいですね。
シマジ でもタリバンの兵士の遺体に小便を引っかけるいまのアメリカ兵みたいなことは、そのころは断じてなかったと思います。敵味方において騎士道精神は十分発揮されたのです。
中野 塩野七生さんの「十字軍物語3」を読んでも、キリスト教徒側の獅子心王リチャード1世とイスラム側のサラディンの両雄が存在したからこそ、あれだけの輝ける戦記が生まれたんでしょうからね。戦闘中にサラディンは、リチャード1世にアラブ産の駿馬を贈ったりしていますよね。
シマジ リチャード1世は人気がありました。なにせライオンの心を持った王ですからね。
塩野さんの「十字軍物語3」を読んで大好きだったのは、リチャード1世のエピソードですね。サラディンの弟のアラディールが交渉にリチャードの陣幕にやってきたとき、小さい息子を同行させた。なぜかリチャードはこの少年をいたく気に入った。腰から西洋式の剣を抜いて脅しても少年が平然としていると、その剣で今度は少年の肩を叩き「騎士に叙す」と言って、一振りの長剣を少年に与えたんです。その少年こそ、後年、神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ2世を向こうにまわして戦うことになるアラブ側のスルタン、アル・カミールなんです。
じっさいはこの第6次十字軍は無血十字軍といわれて、交渉だけでキリスト教徒側が聖都イェルサレムを奪還して、講和が成立するんです。アル・カミールは生涯リチャード1世にもらった長剣を大事にしたそうです。なにかリチャード1世にもサラディンにもダンディズムに通じる騎士道精神を感じますね。
中野 当時、イスラム文化は大変栄え輝いていて、英国人が医学を学ぶために、ロンドンからバクダッドまで行っていたそうです。「アルコール」なんて、語源はアラビア語です。