2012.03.24

二宮清純レポート
セーブ王は逃げない岩瀬仁紀中日ドラゴンズ・投手「クローザーの心得」

週刊現代 プロフィール

 野球人生を振り返るのは、まだ早い。物静かな男は、そう考えているようだ。

 沈着冷静で鳴る男が、一度だけ、マウンド上で足が震えたことがある。'07年の日本シリーズだ。

 3勝1敗と中日が日本一に王手をかけて迎えた第5戦、中日の先発・山井大介は一世一代の快投を演じていた。北海道日本ハムを相手に、8回までひとりの走者も許していなかったのだ。

 得点は1対0。完全試合まで、あとアウト3つ。日本プロ野球史上、日本シリーズでの完全試合は、これまで一度もない。

 山井は試合中盤にマメをつぶしていたが、逆にそれが集中力を生み、前年のチャンピオンチームに付け入るスキを与えなかった。

 岩瀬は8回からブルペンで準備をしていた。「ひとりでもランナーが出たら、その時点で行くからな」。バッテリーチーフコーチの森繁和からは、そんな指示が出ていた。

 だが山井はひとりの走者も許さない。8回が終わった段階で86球と球数も少ない。「ここまできたら完全試合が見たいな・・・・・・」

 そんな思いが頭をよぎった矢先だ。監督の落合博満がピッチャー交代を告げた。

「岩瀬!」

 山井コール一色のナゴヤドームが一瞬にしてどよめきに包まれた。まばらな拍手は「エーッ!」という驚きの声にかき消された。

背水の13球

「正直、あれはものすごくやり辛かった」

 振り返って岩瀬は言う。

「これまで勝っている場面で〝エーッ!〟という声を聞いたことがなかったものですから。まるで何度か(救援に)失敗した後のマウンドのようでした」

 晴れの舞台になるはずのマウンドが、針のムシロになろうとは・・・・・・。地元のファンに祝福されてマウンドに上がりたい。できればスタンディング・オベーションを背に受けて。誰だって、そう思う。

 ところが、この日の岩瀬は〝招かれざる客〟だった。複雑な心境だったのは言うまでもない。

「オレを信用していないのか・・・」

関連記事