2012.03.21

堤堯 第3回「いよいよ話題は救国の政治家・鈴木貫太郎へ・・・でも、その前に賭けゴルフの名勝負を一席」

島地 勝彦 プロフィール

 煎じ詰めて言えば、貫太郎は天皇の「聖断」を演出して戦争に幕を引くわけだが、一口に「聖断」といってもコトは簡単じゃない。最後の御前会議で、和戦二派に分かれ、3対3で衆議は一決しない。ここで貫太郎が和平に一票を投じれば、4対3で和平派が多数を占める。しかし、首相ごときが一票を投じたところで、国は動かない。国の内外に散らばる2百万人を超える軍隊が、首相ごときの決定で、いや内閣ごときの決定でおいそれと鉄砲を置くはずもない。それを貫太郎はよく知っている。ここは天皇の至尊至高の権威を利して、「現人神の一声」をもって号令するしかない。

 だから貫太郎は「御覧のように衆議の一決をみません。かくなる上は、畏れながら聖慮を拝し奉りたいと存じます」と、決定を天皇に預ける。ギリシャ悲劇の終末を決するとき、天井からデウスエキス・マキーナ(機械仕掛けの神)が降りてくる。この役割を天皇に与える演出だよ。もちろん二人は示し合わせている。いうなら二人羽織だ。のちに天皇は「肝胆相照らす鈴木だからこそ、あのこと(終戦)ができた」と言っている。

 聖断が下ったものの、少壮将校らの血気は収まらない。血相を変えて陸相・阿南惟幾に詰め寄り徹底抗戦を迫る。対して阿南は「聖慮に従えない者は、このオレを斬ってからやれ」と叱咤する。8月14日から15日の未明にかけて、終戦の詔勅を録音した玉音盤奪取事件が起こる。一部の将校らが近衛師団長を斬り殺し、ニセの勅命を出して決起を呼びかける。幸い大事には至らない。そのさなか、阿南は「一死もって大罪を謝し奉る」の遺書を残して割腹自決する。

 阿南は一撃和平を主張しながら、最後まで辞表を出さなかった。出せば内閣は瓦解だ。そうしなかったところは、貫太郎と阿吽の呼吸を合わせた阿南の腹芸だ。この二人の腹芸と胆力が、日本を全壊から救ったんだよ。二人は片や侍従長として、片や侍従武官として永く昭和天皇に仕えた過去を共有していた。互いの腹が解っていたんだ。「この国難を収めるのは鈴木閣下しかいない」と、早くから阿南は陸大同期の親友に明かしていたんだ。とにかく日本が分断国家にならずに済んだのは、この二人の不退転の決意のお陰だ。わが家の墓の近くに阿南の墓がある。お彼岸のたびに、オレは阿南の墓に向かって「阿南さん、有難う」というんだ。

 戦争を終わらせるのが、いかに難しいか。戦国時代でも落城がせまると、徹底抗戦派と和平派に分かれ、時には血みどろの抗争となる。和平の使者に立つ者の背中に、後ろから矢玉が飛んでくるのは世の常だ。事実、貫太郎は何度も命を狙われ、家まで焼かれてしまった。それでも泰然自若、大局を見失わない。耳が遠いから都合の悪いことは聞こえない。「すまん、君のいうことがよく聞こえない。耳鼻科に行ってから返事するよ」などと、土壇場でもユーモアを忘れない。いやはや、偉い人だった。聖断を演出して終戦の大業を成し遂げた貫太郎こそ、何百年に一人出るか出ないか、不世出の宰相だよ。

 二年ほど前、千葉県野田市の関宿町に貫太郎の墓を訪ねた。「貫太郎さん、有難う」と、永いこと合掌したね。近くに鈴木貫太郎記念館があるんだけど、オレらの他に参拝者はいない。さびれた感じだ。だからオレは市役所の役人に「郷土が生んだ誇るべき不世出の英雄だ。もっとプレイアップしたらどうか」と言ったよ。オレは北海道に行くたびに、「おい、この広い北海道が日本の領土なのは貫太郎さんのお陰だぜ」と同行者にいう。シマちゃんも聞いたことがあるだろう?

シマジ あります、あります。

 その貫太郎が、なぜ「愚図の宰相」呼ばわりされるのか。要するに、もっと早くに終戦に持ち込めたはずだ、愚図々々しているからヒロシマ、ナガサキ、ソ連参戦を招いたじゃないかという理屈だね。あとになってみれば理屈は何とでもいえるの典型だな。政治において一番大切なのはタイミングだ。タイミングを誤れば、せっかくの良策---この場合は聖断---も実を結ばない。ありとあらゆる情報をかき集めて、タイミングを計る必要がある。なんといっても一番、情報が集まるのは首相だ。その首相・貫太郎が薄氷を踏む思いで、タイミングを計ってやったことだ。決して愚図っていたわけじゃない。

 8月9日にナガサキとソ連参戦だ。中立条約を結ぶソ連に、軍部は貫太郎に強要して戦争の仲裁を依頼させている。これに貫太郎が応じたのも、軍部を抑える手立てだ。貫太郎が総理に就いて2日後、ソ連は中立条約を破棄すると日本に通告してきた。なぜか。ソ連は貫太郎の登場を、終戦内閣とみた。終戦となれば、ヤルタの密約---ルーズベルトと約束した樺太、千島を取得する機会を失う。まして北海道侵攻もできなくなる。だからひとまず破棄を通告した。それでも国際条約上、向こう一年は有効と定められている。これを踏み破れば、国際法違反だ。

 まさかソ連は国際違反を犯すまい、本来ならまだ一年の余裕はある。溺れる者は藁を掴む思いで、軍部も外相・東郷茂徳もソ連の仲介に期待した。ヤルタの密約なんて知るはずもない。しかし一方で、「いずれソ連は中立条約を踏み破り、日本に攻めてくる」と観測するむきは少なくなかった。東條英機ですら、そうみていた。貫太郎にしても、その懸念はあったろう。しかし早期に和平に出れば、軍部が暴発する。戦争継続を言いながら、いろいろなチャンネルを使って終戦工作をするしかない。ところがアメリカは無条件降伏に固執し、一切の終戦条件を受け付けない。