2012.05.16

磯田道史 第2回 「自由競争にからきし弱い日本人には、目標となる坂の上の白い雲が必要だ」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ 武士は持て余す暇を持っていたと言いますが、小人閑居して不善をなす、と言われるようにろくでもないことばかりしていたんでしょうか。

磯田 現代社会と同じで、男が暇になると酒と女に入り浸りだったようです。今日はおまえの家で酒を飲もう。明日はわしの家で飲もうという具合に飲んでばかりいたようです。まあ上質な武士は釣り、謳い、読書に励んでいたようですが。参勤交代で地方からきた武士は単身生活ですからやりたい放題だったのでしょう。

 わたしはいつだったか、江戸時代の妾率を調べたことがあったんですが、武士の5%が妾を持っていた。公家がいちばんで、その次が大名かな。医者も妾や側室を持ったようです。医者は俸禄のほかに治療費をもらえたから、懐が豊かだったのです。

シマジ 瀬尾、聞いたか。おまえは可哀想だな。教授、こいつの兄弟は4人いて瀬尾だけが編集者になって、残りの3人は全員医者なんです。いまでも医者になって繁昌したら、愛人の1人や2人簡単に持てますよね。

立木 でも瀬尾は愛妻家だからそれは無理。その甲斐性はない。シマジとはちがう。そうだろう、瀬尾。

瀬尾 はい。

江戸時代には各人に持ち場があった

シマジ 江戸時代の最大のメリットは何でしたか。

磯田 それはみんな持ち場を持っていたことに尽きますね。身分制度が厳しいから、お主はこれをする人と、生まれながらに決められていた。たとえば大工でもいい職人になろうとすると、大工往来という大工の教科書があって、それで勉強して大工の親方の棟梁の家に丁稚奉公するわけです。