アダム・スミスの「生きるヒント」 第9回
「国民の生活を守るための経済学」
第8回はこちらをご覧ください。
ここからは『国富論』の世界を紹介していきます。『国富論』はスミスが書いた「経済学書」です。スミスの経済学的な考え方は、この書物にまとめられています。
経済学の父と呼ばれるアダム・スミスが考えた経済学理論とは何だったのか、またその経済学の目的は何だったのか---最初に、スミスの言葉を紹介します。
《原文》
「最も神聖な正義の法則すなわち法律は、われわれの隣人の生命と人格とを護る法律である。その次に位するものは、隣人の財産と所有物とを保護する法律である。すべての最後に位するものは、いわゆる隣人の個人的権利、もしくは他人との契約にもとづいてその人の所有権に属しているものを保護する法律である」(『道徳情操論』P200)
《意訳》
一番大事なのは安全、次に大事なのは財産
この言葉から、アダム・スミスが「経済」「お金・財産」をどう見ていたのかよく理解いただけるでしょう。ここは、スミスの主張を理解する上で非常に重要なポイントです。
現在の「経済学」はグラフや数式が多用され、「科学」に近くなっています。曖昧さや主観的な主張よりも数学のように一目瞭然の理論が展開されているわけです。
しかし、その一方で、なんのために経済学があるのか? 何をしようとしているのか? という理念が抜け落ちてしまっているように思います。
「経済学の父」といわれるスミスですが、その理論は驚くほどにシンプルです。反面、なぜ経済学が必要なのか? 経済学を使って何をしたいのか? という哲学には、強烈な情熱を感じます。
スミスの経済学を説明する上で大事なのは、「経済がどう成立しているか」という理論的分析と、「経済はこうあるべきだ」という経済哲学に分けて考えることです。
通常、前者の「理論的分析」を経済学としてとらえるケースが多いです。しかし、後者の「スミスの経済哲学」こそ、じつはスミスの経済学の真髄なのです。
『国富論』とは?
『国富論』(1776年出版)、原題は『An Inquiry into the Nature and Causes ofthe Wealth of Nations』で、日本語に訳すと『諸国民の富の性質と原因の研究』です。つまり、「国民の富とは何か?」「その富はどこからやってくるのか?(どうやって生み出せるのか?)」を研究した本なのです。
この主旨を理解すれば、スミスが何を考えていたのか、また何のために『国富論』を書いたのか、が理解できます。
ちなみに、『国富論』は以下のような構成になっています。
第一編: 労働の生産性を向上させる要因と、生産物が各階層に分配されていく自然秩序
(分業、労働の賃金、資本の利益、土地の地代などについて)
第二編: 資本とはどのようなものか? どのように蓄積、利用されるか?
(資本蓄積、生産的な労働と非生産的な労働について)
第三編: 各国の発展方法の違い
(自然な経済発展の順序、現実の歴史、ヨーロッパ都市の発展について)
第四編: 経済政策の考え方
(重商主義、輸入規制、輸出奨励金などについて)
第五編: 国や公共施設が必要とする経費と税金、債務
(税、財政について)
この5つのテーマを分析することで、『諸国民の富の性質と原因の研究』という最終目的を達成しようとしていたわけです。では、各テーマがどのようにその最終目的に関連しているか、順番に考えていきます。