2012.09.10

二宮清純レポート日本球界・最速のサウスポー吉川光夫(24歳・日本ハムファイターズ)選手を「大化け」させる言葉の魔術

週刊現代 プロフィール

 いくら高校生ドラフト1巡目指名の有望株とはいえ、大きな故障もないのに3年間も白星から見放されれば、戦力外通告の5文字が脳裡をかすめたであろう。

「いや、そのとおりです。ポンと背中を押されたら崖から転落して地の底に落ちるんじゃないか。そんな状況だったと思います」

 吉川は追い詰められていた。さながら出口のないトンネルの中をさまよっているような心境だった。

「僕は性格的に悩むタイプ。ひとつのことばかり考えていると、そこに集中して他のものが見えなくなってしまう」

 ノーコン---。それが若きサウスポーに貼られた負のレッテルだった。

「100点が付けられるボールは20球に1球ぐらいだったと思います」

 苦笑を浮かべて本人は振り返り、こう続けた。

「100点もあれば50点もあった。30点もあれば0点もあった。それが今年は平均して70点から80点くらいのボールはいっている。コンスタントにいいボールが投げられるようになったのが勝てている最大の理由だと思います」

 吉川には忘れようにも忘れられない苦い思い出がある。一昨年5月の千葉ロッテ戦で、あろうことか1イニングに3本のホームランを浴びたのだ。

 伏線は持病の四球連発だった。かろうじて無失点でしのいだものの2回までに3連続を含む4つの四球を与えた。

「もう、これ以上、四球を与えられない・・・・・・」

 吉川の動揺をロッテ打線は見逃さなかった。3回、井口資仁、金泰均、サブローがストライクを取りにくるストレートを狙い打った。

 はるか上空を通過する打球をマウンド上の吉川は茫然と見送るだけだった。

「もう何も言えませんでした。外の真っすぐ、内側の真っすぐ、真ん中高めの真っすぐ。これを全部スタンドに持っていかれました。この時は、さすがに落ち込みました。オレはもうダメなんじゃないかって・・・・・・」

「今年ダメなら辞めろ」

 当時の監督・梨田昌孝は歯がゆい思いで吉川のピッチングを見つめていた。

「吉川の失点には、ことごとく四球がからむんです。4安打しか打たれていないのに4失点という具合に。あれだけ速いストレートがあるのに、なぜ勝てないんだろうと不思議でした。

 ブルペンでは、本当にものすごいボールを投げるんです。ところが打席に人が立つとコロッと変わってしまう。突然、ストライクが入らなくなるんです。いわゆるブルペンエース。

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