研究自体は嬉々としてやってはいるが、その一方で、経済学に現実問題の解決能力があるかのようにうそぶく人々への違和感がある。経済学への愛も大きいが、その非現実さや非力さに対し、自分をごまかすことができないからである。
でも、だからと言って、経済学を単なる「役立たず」と決めつけないで欲しい。前世紀後半から構築されてきた新しい経済学は、それ以前のものに比べれば、わずかながらも実践性を備えているのである。
例えば、フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンから研究が始まった協力ゲームは、「社会においてみんなの協力を作り出すにはどういうふうに分け前を払えばいいか」という生臭い問題へのアプローチの方法を与えている。商談も政治もイベントも皆、それがうまくいくかは、「協力」と「裏切り」のかねあいから決まる。協力ゲームの理論はそれを考えるヒントを与えてくれるのだ。

また、医学生の研修先や付属校への進学を決めるには、できるだけ不満を少なくすることが求められる。このようなマッチングの問題に対し、経済学者のゲールとシャプレーは、とてもうまい決定手順を提唱した。そして、それは実際にあちこちで利用されているのである。これも経済学の具体的な成果だと言っていい。
でも、こういった実践的な経済学は、既存の経済学の教科書には書かれていない。どれもこれも判で押したように、百年も昔の理論を解説している。だから、経済学部で学んだ学生たちは、社会に出ても教わったことを思い出すことは一度もない。ぼくは、現状の経済学の姿が究極的には「役立たず」であっても、わずかながら実践的な方向に構築された理論を紹介したいと考えている。
それはまさに、ぼくの中に共存する経済学への「愛」と「がっかり感」との調和を図る営みなのである。
本書は、そういう気持ちから、オークションや協力ゲームやゲール-シャプレーのアルゴリズムといった新しい素材で「経済学の基本的な思考法」を解説している。
そして、百年か二百年後に、経済学が堅固な真理性を備えるに至ったとき、本書がその萌しだったと言われたい、そんな野望を持っている。
(こじま・ひろゆき 帝京大学教授)
経済学は小難しい? ちっとも現実を説明してくれない役立たず? 旧態依然とした教科書的解説を一切廃し、その本質とロジックを平易に語る。経済学の見方を塗り替える魅惑の講義、ここに開講!
1958年、東京都生まれ。東京大学理学部数学科卒業。同大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。現在、帝京大学経済学部経済学科教授。数学エッセイストとしても活躍。主な著書に『文系のための数学教室』『数学でつまずくのはなぜか』(ともに講談社現代新書)、『数学入門』『使える!確率的思考』『使える!経済学の考え方』(以上、ちくま新書)、『数学的思考の技術』(ベスト新書)、『天才ガロアの発想力』(技術評論社)などがある。