2013.01.20

長谷川幸洋著 『政府はこうして国民を騙す』
~情報操作は日常的に行われている~

1月18日発売の最新刊より第1章導入部を抜粋
長谷川 幸洋 プロフィール

 なんの話かと言えば、東京電力の処理だ。官僚たちは「東電をつぶすと賠償ができなくなる」という理屈を立てて「だから東電はつぶせない」と言っていた。こんな馬鹿な話はない。なんのために特別立法するのかといえば、被災者への十分な賠償と国民負担を最小化するのが目的の一つである。この点は別のコラム(第2章⑩「経産省幹部が封印した幻の『東京電力解体案』」)でも指摘した。

 つまり、私は官僚の政策企画能力に疑問符を付けた。それがプライド高い経産省を刺激したのである。だが、第2章でも指摘したとおり、いまや東電が賠償や除染、廃炉をすべて自力で賄うシナリオは、まったくの夢物語である。最終的に東電はいったんつぶす以外にない。東電存続の鍵を握っている原子力損害賠償支援機構法は、そもそも成立後にすぐ見直す方針だったである。

 東電処理をめぐる政策の本質的な部分で根本的な疑問を投げかけていたからこそ、広報室長は全面対決を選んだ。私はそう考えている。このケースを単なる記者と官僚のオフレコ問題に矮小化してしまうと、問題の本質を見誤る。その政策は間違いだとずばり指摘したので、放置できなかったのだ。

「報道操作」のツールになっている

 それを指摘したうえで、オフレコ話に戻ろう。

 オフレコは情報源と記者が同意して初めて成立するのが原則とはいえ、実際には官僚や政治家が「これはオフレコで」といえばそれまでで、記者が同意しようがしまいが書けない話になっている。

『政府はこうして国民を騙す』
著者:長谷川幸洋
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 なぜかと言えば、複数の記者がいる席で相手が「オフレコ」と言ったのに破ってしまうと、その記者は仲間から村八分に遭うからだ。「オレたちはみんな守っているのに、お前だけ書くとは何事だ」という話である。そうなると、後で自分だけ懇談から仲間外れにされるなど報復される。これは談合の世界とまったく同じだ。

 政治取材では、記者同士がむしろ積極的に談合して政治家の話はオフレコだろうがオンレコだろうが、後でみんなで内容を確認して(「メモ合わせ」という)上司や同僚に報告するのが常態化している。オフレコは記者が抜け駆けを許さないシステムになっているのだ。

 言うまでもなく、記者が取材するのは読者に伝えるためだ。

 そんな記者本来の立場で考えれば、記者がオフレコを許容できるのは、基本的に書いてしまうと情報源に危害が及ぶとか、失職するといった場合に限られてくる。いまは書けなくても将来、事情が変われば書けるから、当面は書かずに取材だけにとどめる場合もあるだろう。

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