2013.05.26

『スリープ・ノー・モア』マクベス夫人役で開花したトーリ・スパークスの"journey"

茂木 崇 プロフィール
『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』をモチーフとした『ルッキング・グラス』における赤のクイーン役。サードレール・プロジェクトの作品。  Photograph by Adam Jason Photography

観客とエネルギーを交換しながら演じる醍醐味

 スパークスはイマーシブ・シアターをダンスと演劇の融合と考えている。より厳密に言うと、イマーシブ・シアターとは、オールタナティブな場所で内容を再構成した、サイト・スペシフィックなダンスもしくは演劇を指すのに広く用いられている表現だということである。イマーシブ・シアターでは観客が動きながら見るようにすることがよくあり、観客はどのシーンを見るかを自ら選択し、計算しながら作品を経験していく。

 イマーシブ・シアターの嚆矢を1981年に上演された『タマラ』に求める演劇の専門家は少なくない。だが、なぜ今、ここへきてイマーシブ・シアターがブームになってきたのか。

 スパークスは、デジタル技術が進展してソーシャルメディアなどが普及した結果、人と人との直接のつながりやイベントを求めるようになっているのがその一因だろうと考えている。また、イマーシブ・シアターは映画的でもあるという。通常の演劇と違い、観客はどこまでもクロースアップして演技を見ることができるからである。ただし、中には自らのプライベートな空間に侵入されるのを好まず、イマーシブ・シアターを嫌う観客もあるそうだ。

 イマーシブ・シアターでは観客とパフォーマーとの間に物理的な距離がないため、観客は通常の劇場よりも演技に強くのめりこんでいく。しかも、『スリープ・ノー・モア』では観客は白い仮面をつけて話すことを禁じられているため、リピーターになるにつれて、目線や姿勢でパフォーマーとコミュニケーションをとるのに慣れていく。

 では、パフォーマーは何を思いつつ演じているのだろうか。スパークスは、仮面に囲まれて、観客とエネルギーを交換しながら演じるのはとてもエキサイティングだと語る。確かに、演劇においてパフォーマーと観客は互いに与え合う関係であり、与え合う力が大きければ大きいほど張り詰めた空気が生まれる。これは演劇特有の醍醐味である。

 だが、この"与え合い"はあらぬ方向に向かうこともある。ある時、興奮した女性の観客が物を取ってスパークスに投げつけたことがあった。幸い3階のマクベス邸のガラスの部屋の中で演じていたことと、いざという時のために配置されている黒子が止めに入ったため事なきを得た。

 だが、スパークスはその観客に怒ってはいない。自分が観客にあまりにも多くのエネルギーを投げたのだとしたら、観客が投げ返してくるのを責めることはできない。その観客に罪はなく、直面した状況に反応したに過ぎないと考えているという。

「直線よりも独特な走り書きを」

 役を離れたスパークスは、チャーミングで細やかな思いやりの気持ちをもった女性である。マクベス夫人を演じている時とのギャップの大きさに戸惑うが、話していると彼女のいかなる姿勢が一世一代のマクベス夫人を生み出したかが見えてくる。

 スパークスは自らのサイトをシャープエルボと名づけている。ハングマン(はずれるごとにつるし首の絵を書き足していくことば当てゲーム)をしていて、ゲームの相手をひじ(elbow)で突くという意味である。

 さらに、自らの姿勢を「直線よりも独特な走り書きを(Less a straight line, more an inimitable scribble)」と表現し、走り書きをシャープエルボのロゴにしている。

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