2013.08.13
# 雑誌

感動読み物 有名人が語った苦難こそ、人を作る【第2回】西山太吉「汚名を着せられた日々はムダではなかった」/野村克則「いま、やっと両親の気持ちがわかった」ほか

週刊現代 プロフィール

 励ましてくれた患者さん、代診してくれた友人たちに『恩を返さなければ』という思いが、闘病の原動力になりました」

 今年12月で退院から5年。だが、まだ再発の可能性はゼロではない。死を抱いて生きる作家は今、何を思うのか。

「白血病になって以来、家族や友人と過ごす時間、生きていることそのものが天の恵みだと感じるようになりました。『今日という日は、残された人生の最初の一日である』というアメリカの格言を実感します。

 人は『病気すなわち不幸』と考えがちです。しかし『病気がもたらす幸福もある』と気づいたからこそ、私は前向きに病気と付き合えるのだと思います」

小橋建太 元プロレスラー
腎臓がんを宣告されて
傷だらけの身体だけど「手術のたびに強くなった」

 今年5月、プロレス界の「鉄人」「絶対王者」と呼ばれた男は、25年のプロレス人生にピリオドを打った。

 小橋建太(46歳)は、20歳のときに全日本プロレスに入団した。

 人一倍の練習が実を結び、やがて頂点に立つ。倒れても倒れても、両拳を握り締めて立ち上がる全力ファイトが人気の原動力となったが、代償として肉体はボロボロに。30歳を過ぎてからは選手生命に関わる肘や膝の故障に次々と見舞われた。

「メスを入れた回数は覚えていません。全身麻酔をした手術は少なくとも10回はあったと思います」

 幾多の試練を乗り越えてきたが、'06年6月、腎臓に悪性腫瘍が見つかった。39歳だった。

「風邪が治りにくいなど、体調の変化はありましたが、まさかがんとは思いもしませんでした。しかも、そのときはGHCタッグ王者になったばかりでした。もうプロレスはできないのか。病院からの帰りのタクシーの中で、これまでのレスラー人生が走馬灯のように駆け巡りました」

 右腎摘出の大手術は5時間半にわたり、医師からはプロレス断念を迫られた。誰もが復帰は不可能だと思ったが、壮絶なリハビリを経て、'07年12月に復帰する。

「前例がないなら自分がその最初になろうと思いました。僕にとってプロレスは人生のすべて。復帰に挑戦せずに後悔することだけは許せなかった。可能性が数%でも、絶対にあきらめたくなかった。このままでは終わりたくないという気持ち、そして応援してくれるファンがいた。それが支えになりました」

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