奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第37回】
「スケジュールの空白」に耐えられない僕の、最高の夏休み
【第36回】はこちらをご覧ください。
上司の善意の一言が、僕の心を激しくかき乱した
先日、僕は1週間の夏休みを取っていた。
それまで1ヵ月もかけて、ニュース番組の特集枠を制作していたのだが、VTR部分が完成した直後に突然、放送日が2週間も先送りになってしまった。といっても、番組内容に問題があったわけではない。放送予定の枠が、豪雨関係のニュースに急遽、差し替えられてしまったことが理由だった。
いきなりの予定変更である。ただし、この程度のことは、ニュース制作の現場では日常茶飯事だ。
ASD(自閉症スペクトラム障害)を抱える僕は、予期せぬスケジュールの変更や、想定外の出来事の勃発を極度に苦手にしている。だから、テレビ番組制作の世界に飛び込んで間もない若い頃はずいぶん苦しんだが、前にも記した通り、働き始めて10年近く経ったとき、「仕事上のスケジュールというのは、基本的に急に変わることが当たり前のものなのだ」と自分に言い聞かせる癖をつけた(第36回参照)。
それが功を奏したのか、番組制作の過程で突発的に予定変更を余儀なくされても、激烈な怒りや苛立ちを感じることは少しずつ減っていった。これも後天的に"学習"した結果の一つと言えるかもしれない。
そのため、しばらく前に編集長から「豪雨ものをやるから、お前の特集は放送延期にするぞ」と伝えられたときも、パニックに陥ることはなかった(若い頃であれば、「どうして僕の予定を雨なんかのために変えるんですか!」とわめき散らしていたかもしれない)。しかし、編集長が次に発した言葉は、僕の心を激しくかき乱すことになった。
「奥村、お前も相変わらず働き過ぎだろう。せっかく特集の放送が延びたんだから、明日からバーンと1週間、夏休みにしたらどうだ? 家族孝行してこい!」
彼はニコニコしながら、僕に夏休みを取るよう勧めてくれたのだ。いうまでもなく、完全に善意の言葉である。
これについて、多くの人は「いったいこの言葉の何が問題なんだ? 良い上司じゃないか。素直に喜んで休ませてもらえばいいのに」と感じることだろう。確かに、それが一般的な反応だと思う。
ところが僕は、編集長にそう言われた次の瞬間、喜ぶどころか、まったく異なる精神状態に陥ってしまった。自分でも信じられないほど、大きな不安に襲われたのである。口には出さなかったが、「いきなり休んでいいって言われても、突然すぎて、スケジュールが立てられないよ!」と食ってかかりたいような気分だった。
目の前に突如現れた、何の予定も入っていない空白の1週間。その長い長い時間をどうやって過ごせというのか。
「スケジュールが存在しない」こと、それは僕にとって「スケジュールが変更されること」以上に耐えがたい、深刻な問題だったのである。やがて、不安は次第に焦りと苛立ちと無力感に変わり、心なしか胃がかすかに痛み出したように感じられた。