2013.08.31

ヒトとチンパンジー、どうして「似てる」といえるのか

「先生の勘違い」とは
更科 功 プロフィール

先生は大喜びで、二人の学生を呼び出して問い詰めた。

ところが、こんどの二人はカンニングを認めようとしない。二人とも真面目に勉強して、ちゃんと黒板の文章を暗記して、試験を受けたと言う。たしかに二人の答案は、黒板と同じであった。そもそも二人は面識がなく、話したこともないと言う。先生も、不承不承、彼らの言い分を認めざるをえなかった。

さて、前の二人と後の二人の違いはなんだろうか。両方のケースとも、おたがいに答案はまったく同じだったのだ。それなのに、どうして前のケースだけがカンニングだったのだろうか。前の二人の答案がまったく同じだった理由は、おたがいの答案を写したからであった。二人は(悪友かもしれないが、ともかく)友人だったのだ。しかし、後の二人の答案が同じだった理由は、黒板の文章を正確に暗記していたからであった。この二人は友人でもなんでもなかった。

つまり「寝るほど……」の中の言葉には、二種類あるということだ。

ひとつは黒板の文章と同じ言葉だ。もうひとつは写し間違えたせいで、黒板の文章とは違ってしまった言葉だ。前の二人は、黒板とは違う言葉を共有していたので、カンニング仲間だとバレてしまったわけだ。

いっぽう後の二人が共有していたのは、黒板と同じ言葉だけである。黒板と同じ言葉をいくら共有していても、二人がカンニングをしたとか、友人であるとか、そういう根拠にはならないのである。

ここで、「黒板」を「祖先」におきかえれば、そのまま生物の系統の話になる。体毛の有無とか、二本足で歩くかどうかとか、そういった生物の特徴には二種類あるのだ。祖先が持っていたのと同じ特徴と、進化の途中で変化したために祖先とは異なってしまった特徴だ。

祖先と同じ特徴を「原始形質」、祖先とは異なる特徴を「派生形質」という。カンニングのときと同じで、二種の生物が「派生形質」を共有していれば同じグループに属する、つまり系統的に近縁である根拠になる。しかし「原始形質」をいくら共有していても、系統的に近縁である根拠にはならないのだ。

チンパンジーとゴリラは、たしかに似ている。体毛も濃いし、直立二足歩行もしない。しかしこれらの特徴は、ほかのサルも持っているし、ゴリラとチンパンジーとヒトの共通祖先も持っていただろう。つまり、これらの特徴は「原始形質」なので、ゴリラとチンパンジーがヒトよりも系統的に近縁である根拠にはならないのである。

このたび、拙著『化石の分子生物学』(講談社現代新書)が、講談社科学出版賞をいただくことになった。本当に望外の喜びである。講談社の他の賞を受賞した方々にくらべると、自分だけシロウトのようで気が引けなくもないけれど、せっかく直立二足歩行ができるのだから、胸をはって姿勢よく、賞をいただいてこようと思う。それは、チンパンジーにはできない芸当だから。

(さらしな・いさお)

 
◆内容紹介
ネアンデルタール人は現生人類と交配したか? ジュラシック・パークの夢は実現するか? 古代DNA研究が解き明かした生命進化の謎の数々を、わかりやすく紹介する。化石のささやきに耳を澄ませる生物学者たちの奮闘をつたえる好著!
 
更科功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業勤務を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。共訳書に『進化の運命――孤独な宇宙の必然としての人間』(サイモン・コンウェイ=モリス、講談社)がある。現在、東京大学大学院理学系研究科研究員、立教大学・成蹊大学・東京学芸大学非常勤講師。

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