2013.08.31

気を遣うメディアと、気を遣わせる視聴者の虚ろな距離感

寺田 悠馬 プロフィール

日本経済新聞社の広告と言えば、「知らないと、戦えない」、または、「社会人になったら、日経」など巧みなキャッチコピーが有名である。就職活動の時期を迎えると、まずは日経新聞を手に取ってみようとする学生が多いことから、同社の広告戦略の成果がうかがえる。

そのためだろうか、ディスカッションに参加した学生の多くは、「日経さえ読んでおけば大丈夫」という感覚を持っていた。

だが、果たして日経が「一番良い新聞」かはさておき、「○○さえ読んでおけば大丈夫」という、何かを保証してくれるメディアがありうるという大学生たちの感性に、危機感を覚えた。

言うまでもなく、日本経済新聞社をはじめ大手メディアの多くは、株式会社である。営利目的の株式会社である以上、基本的には利益を上げる経営が求められ、中でも上場しているメディアは、四半期ごとに世界中の株主に経営状況を説明しなければならない。

利益の追求と良質なジャーナリズムは、必ずしも相反するものではないが、一方で、必然的に相関するものでもない。あらゆる報道は、広告収入を得るためのコンテンツという側面も持ち合わせており、それは決して「悪い」ことではなく、見方によっては「当然」のことなのだ。

こういった話を大学生とのディスカッションで始めると、その場に混乱が生じてしまった。

「では日経でなければ、何を読んでおけば良いのですか?」

不安な声が、その場に漏れた。

だが社会におけるメディアの立ち位置は多くの矛盾をはらんでいて、それゆえに、「○○さえ読んでおけば大丈夫」というメディアは存在しえない。

この矛盾を意識してメディアと向き合い、発信された情報を吟味するのは、我々視聴者の権利であり、責任でもある。「○○さえ読んでおけば大丈夫」というメディアを探し求めてしまうのは、自らの主体性を放棄してしまう行為に等しいのだ。

報道機関、とくにブランド力の強い大手が発信する情報は、視聴者がなんら警戒心を持たずに、安心して受け入れられるものであってほしい。そういった受け身の姿勢は、就職活動中の学生に限らず、広く社会に浸透しているのではないだろうか。

「ニュースウォッチ9」のキャスターが視聴者を気遣い、「ストレートな物言いに、反発を覚えたという方もいらっしゃるかもしれません・・・」と弁明することが疑問視されないのは、そこまでの気遣いとお膳立てを、視聴者が無意識のうちに、メディアが持つ「ブランド」に求めてしまっているからであろう。

我々はメディアをうまく使いこなす必要がある

2013年8月、アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏が、アメリカで130年以上の歴史を誇る有力紙「ワシントン・ポスト」を買収すると報じられた。

ソーシャルメディアの浸透などにより情報源が多様化するなか、従来の紙媒体は急速に広告価値を失い、ワシントン・ポスト社の新聞事業収益は、過去6年間で44パーセント減少していた。それにもかかわらず、約2億5,000万ドルの買収価格を提示したベゾス氏の意図が、さまざまな憶測を呼んでいる。

関連記事