2013.08.31

気を遣うメディアと、気を遣わせる視聴者の虚ろな距離感

寺田 悠馬 プロフィール

こうしたなか、「ジェフ・ベゾスが考えていること 氏の『ワシントン・ポスト』買収は理に適っている」("What Jeff Bezos is Thinking: His Purchase of the Washington Post Makes Perfect Sense")という記事が、有力誌「ニュー・リパブリック」に掲載されて、アメリカで話題を呼んだ。筆者はフェイスブック共同創業者の一人であり、2012年に「ニュー・リパブリック」を買収し、同誌の編集長に就任したクリス・ヒューズ氏である。

ヒューズ氏は、「ワシントン・ポスト」のようなブランドは「高潔さ、徹底した分析力、信憑性の高いジャーナリズム」を保証するものであり、これに価値を見出したベゾス氏の判断は正しいと論じた。自身の有力誌買収を引き合いに出して書かれた記事は、ベゾス氏を取り上げつつも、「ニュー・リパブリック」が約100年の歴史を通して培ったブランド価値を、読者に訴える意図が見え隠れする内容だった。

それはつまり、不特定多数の個人が情報を発信し、容易に拡散できるようになった今、伝統的な既存メディアの役割は、そのブランド力をもって情報の信憑性やジャーナリズムの品質を保証することだという論調である。「ワシントン・ポスト」を買収するベゾス氏の真意は分からないが、この種の主張は「ニュー・リパブリック」に限らず、色々なところで展開されている。

だがいかにブランド力が強くても、前述の通り、「○○さえ読んでおけば大丈夫」というメディアは存在しえない。収益悪化に苦しむ媒体が、ブランドを振りかざして自らの価値を主張するなか、我々はこれを盲目的に受け入れるのではなく、以前にも増して、メディアをうまく使いこなす必要があるだろう。

ニュース番組のキャスターに、心情を気遣われている我々は、視聴者の主体性をないがしろにしたメディアの「過保護」に甘んじてしまっている。傷つきやすく、自分では判断力を持たない子供のように扱われているのに、気付くことができずにいるのだ。

熱過ぎるお粥で火傷することのないよう、丁寧に冷ましてから口元に運ばれている、その屈辱に、違和感を抱ける感性を磨いていたい。

寺田悠馬 (てらだ・ゆうま)
1982年東京生まれ。16歳で渡米、コロンビア大学卒。在学中は西洋美術史と国際関係論を専攻、一方で演劇に魅せられ、オフ・ブロードウェイで舞台照明を担う。ゴールドマン・サックス証券株式会社にて不動産及び不良債権の自己勘定投資に従事。グローバル株式投資を手がけるヘッジファンドに転身し、ロンドン及び香港に勤務。著書に『東京ユートピア 日本人の孤独な楽園』(2012年)がある。

著者:寺田悠馬
東京ユートピア 日本人の孤独な楽園
(文芸社刊、税込み1,260円)
「金融業界の門をくぐって以来、日本と海外を往来するなかで再発見した日本社会は、7年前にニューヨークで想像した以上に素晴らしい高品質な場所であった」---世界を駆ける若き日本人から眠れる母国に贈るメッセージ。

amazonこちらをご覧ください。

楽天ブックスこちらをご覧ください。

関連記事