何もないはずの「真空」から「質量が生まれた」ってどういうこと?

『真空のからくり』前書き
山田 克哉 プロフィール

真空から叩き出された〝謎の粒子〟

 私たちが暮らすこの宇宙が誕生したのは、137億年前のことです。

「無」から発生した宇宙に、初めから物質(質量)があったなどとは考えられません。誕生間もない初期の宇宙は温度が非常に高く、どこから見ても何の変わり映えもしない「対称性」の保たれた世界でした。のちに、現在の物質の元となったすべての粒子は当時、質量ゼロのまま光速で走り回っていました。質量ゼロの粒子は物質粒子ではなく、したがって当時の宇宙空間は物質は一つも存在しない真空状態にありました。

 ところが、宇宙が膨張して冷えはじめ、ある温度以下になったとき、真空に〝異変〟が生じます。その異変が真空の「構造」に劇的な変化を与え、粒子に後天的に「質量」を与えることになったのです。その瞬間以降、一部の粒子は質量を獲得するようになり、やがて物質を構成する種々の粒子がこの世に出現して、原子や分子が誕生しました。それら原子や分子がさまざまに結合することで各種の物質が生まれ、いつしか有機物が登場します。やがて生命が誕生し、私たち人聞が存在するようになったのです。

 その意味で、真空に起きた構造的な〝異変〟こそ、宇宙に存在するすべてのものの源ということができるでしょう。

 この、初期宇宙の真空に起こった〝異変〟の正体に初めて気づいたのは、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎博士でした。南部博士のアイデアに触発され、「質量の起源」の探究に取り組んだピーター・ヒッグスらによって1960年代に提唱されたのが「ヒツグス機構」です。2012年7月、これを実証する「ヒッグス粒子」の〝発見〟が報じられ、大きなニュースになりました。

「ヒッグス場」は、真空に起こった〝異変〟の結果、全宇宙にわたってその空間を満たす「新たな構造」として誕生しました。100%観測不可能であるヒッグス場が存在しようがしまいが、真空は相変わらず真空のままです。ところが、真空のきわめて狭い領域に人為的に巨大なエネルギーを〝注入〟してやると、ヒッグス場は揺さぶられ、振動を起こします。その振動が粒子となって真空から叩き出されたものが、他ならぬ「ヒッグス粒子」だというのです。

 質量を生み出し、力を伝え、無限大のエネルギーがざわめく──真空には、謎めいた〝構造〟が備わっています。もし真空に何の〝構造〟も存在しなかったなら、この宇宙には銀河も人類も発生しなかったことになります。

 There is something in nothing.

 ──「無」の中に〝何か〟が存在する。「真空のからくり」を解き明かす旅に、みなさんとご一緒に出かけることにしましょう。

                   2013年秋、ロサンゼルス郊外にて

 
もくじ:
第1章 真空には「構造」がある
第2章 真空から粒子を叩き出せ
第3章 真空が生み出す奇妙な現象
第4章 「力が真空を伝わる」とはどういうことか――仮想粒子の役割
第5章 「弱い力」と質量の起源をめぐる謎(ミステリー)
第6章 真空はなぜ「ヒッグス粒子」を生み出したのか

著者 山田克哉(やまだ・かつや)
一九四〇年生まれ。東京電機大学工学部電子工学科卒業。米国テネシー大学工学部原子力工学科大学院修士課程(原子炉理論)、同大学理学部物理学科大学院博士課程(理論物理学)修了。Ph.D.。セントラル・アーカンソー大学物理学科助教授、カリフォルニア州立大学ドミンゲツヒル校物理学科助教授を経て、ロサンゼルス・ピアース大学物理学科教授に就任。二〇一三年六月に退任。アメリカ物理学会会員。主な著書に『原子爆弾』『光と電気のからくり』『量子力学のからくり』(いずれもブルーバックス)などがある。一九九九年には、講談社科学出版賞を受賞した。
『真空のからくり』
質量を生み出した空間の謎
著者:山田克哉

発行年月日:2013/10/20
ページ数:288
シリーズ通巻番号:B1836

定価:本体 980円(税別)
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(前書きおよび著者情報は初版刊行時点のものです)

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