2014.01.05

二宮清純レポート 最多勝2回の天才投手がついに引退
斉藤和巳 35歳元ソフトバンク投手
投げたくても投げられなかったあの日々が財産なんです

週刊現代 プロフィール

「僕は自分の肩のことで頭がいっぱいで、他のことには頭が回りませんでした」

この年、斉藤は12試合に登板し、6勝3敗、防御率2・74の成績を残す。事実上、これが最後のシーズンとなった。翌'08年以降、斉藤は一軍で一球も投げていない。彼を待っていたのは、長く苦しいリハビリの日々だった。

7月末の支配下選手登録の期限が間近に迫った7月29日、球団から斉藤の退団が発表された。既に2年前から支配下登録を外れ、リハビリ担当コーチをしながら選手再契約を目指していたが、右肩の回復の目途が立たず、現役復帰を断念せざるを得なくなったのだ。

引退セレモニーで本人は、心境をこう語った。

「プロ野球人生18年間は怪我に始まり、怪我に苦しみ、怪我に終わった18年間でした。でも、僕は怪我をしたことで大事な先輩と出会い、いろいろなことに気付かされたし、気付くことが出来ました。今は正直、怪我をしてよかったと素直に思っています」

福岡で斉藤に会ったのは、退団発表の約1ヵ月後である。もう気持ちの整理がついたのか「朝起きても肩のことを考える必要がない。解放感があります」と穏やかな表情で言った。

逆に言えば、この6年間、気の休まる日は、一日もなかったということだ。

「朝起きると、まず肩を動かしてみる。調子のいい日は〝いつもより楽やな〟と安心するのですが、それでも肩に違和感のない日はなかった。肩が重かったりすると、もう一日が憂鬱で、何をやっても楽しくありませんでした」

想像を絶するリハビリ生活

退団発表の数日前、ホークスの先輩で現日本代表監督の小久保裕紀に電話を入れた。小久保は斉藤が「最も影響を受けた選手」で、兄のように慕っていた。

退団を決意したことを告げると、小久保は「ここまで、よく苦しいリハビリに耐えたなぁ。カズにしかできんことやで」と慰めた。

斉藤が初めて右肩にメスを入れたのは、入団3年目の9月である。本人によれば「めくれてきた関節唇を除去する手術」だった。

その10日前、福岡市内の同じ病院で小久保も同様の手術を受けていた。右肩の関節唇断裂という重傷だった。

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