2014.01.05

二宮清純レポート 最多勝2回の天才投手がついに引退
斉藤和巳 35歳元ソフトバンク投手
投げたくても投げられなかったあの日々が財産なんです

週刊現代 プロフィール

絶対的エースだった4年間

本人によれば、肩回りの状態が良くなってきたのは'02年に入ってから。それを機に自分のピッチングを改めて見つめ直した。

「これまでは相手と戦う前に自分と戦い過ぎていた。もっと冷静にピッチングを分析しようと思い、家に帰って自分の投げた試合をビデオで観るようにしたんです。良い時と悪い時の差は、どこにあるのか。たとえば右打者の内角に投げ切れている時は良くて、外一辺倒の時は打たれている。それがわかるようになったことがブレイクのきっかけになったと思っています」

翌'03年、斉藤は26試合に登板し、20勝3敗、防御率2・83という好成績で沢村賞、最多勝、最優秀防御率、最高勝率とタイトルをほぼ総ナメにする。

蛇足だが、'03年といえば田中が中3の年である。15歳が「憧れを抱いた」ほど、斉藤はマウンド上で輝いていた。

翌'04年は前年の疲れもあって10勝(7敗)に終わったが、'05年=16勝(1敗)、'06年=18勝(5敗)とホークスの、いや球界のエースとして君臨する。'06年には2度目の沢村賞も受賞した。

この4年間の成績は64勝16敗。投げれば勝つ—。首脳陣の、そしてチームメイトの信頼は絶大だった。

当時、楽天で指揮を執っていた野村克也は、こう斉藤を褒めちぎる。

「私は負け数でピッチャーを評価する。南海で一緒だった杉浦忠は('59年に)38勝した。そのこともすごいけど、4敗しかしていないのは、もっとすごい。私がキャッチャーじゃなくても彼はあれくらいの成績を残していましたよ(笑)。

斉藤も同じ。負けなかったでしょう、彼は。エースはナンボ貯金をつくってくれるか。それで評価が決まるんです」

今季限りでユニホームを脱いだ山崎武司も楽天の主砲として何度も対戦した。

「斉藤の最大の武器はフォークボール。これが必ず低めに決まる。すっぽ抜けがないんです。あれだけフォークボールのコントロールのいいピッチャーはちょっと記憶にない。

僕らは抜けたボールを待っているんです。抜けたフォークや抜けたスライダーを。これが一番、飛んでいきますからね」

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