2014.01.01
# 本

森喜朗×田原総一朗「松井秀喜との秘話、そしてアフリカ外交より地元が大事な外務大臣」

『日本政治のウラのウラ 証言・政界50年』より(第2回)

「ええ、広島にちょっと帰るんです」

「広島というのはきみ、選挙区だねえ」

「選挙区の行事ではないんですが、大事な仲間が選挙で当選したのでお祝いに行くんです」

「岸田くんな。いや、厳しいことを言うようだけど、それだったら外務大臣なんか辞めちまいなさい。だって、外務大臣になったら三百六十五日、国のために働かなきゃならん。それなのに、大事な行事を欠席して自分の選挙区に帰るとはどういうことか。大事な仲間のお祝いというのなら、『外務大臣になったら、こんな大事なことでも田舎には帰れないんだ』と県民に知らせる絶好のチャンスじゃないか」

「はあ、そう言えばそうですが」

「だから、パーティーに出てあげなさい。きみが欠席するというので、外務省の担当者がオレのところにすっ飛んで来たよ。オレが出ることはやぶさかじゃないが、きみの面目がつぶれるだろう。だから、大臣、あなたが行きなさい。大使たちが喜ぶから」

こうアドバイスしました。それで、アフリカデーの当日、横浜に用事があったので、玄関先からちょっと会場を覗いてみたんです。そうしたら、大使たちがみんなでドンチャン騒ぎをしていましたよ。岸田くんは大モテだった。

――それじゃあ、よかったですね。

森 そうしたら、大臣が翌日、ぼくのところへ飛んで来たよ。

「おっしゃる通り、行ってよかったです」

「そうだろう。岸田という男がどういう人間か、大使たちは知らないよ。しかし、日本国の外務大臣が来てくれた。『さあ、来週のTICADはみんなで協力しよう』ということになるんだよ」

「いやあ、しみじみとわかりました」

そこまでとことん丁寧に教えないとわからない人が多いんだ。

――ふ~ん、困ったもんですねえ。岸田さんなんて割にわかってそうな男なのに、彼ですらその程度だとはねえ。

森 それでね、岸田くんは稲門なので、アドバイスしたんです。

「きみが早稲田の出身であることを言わない心についてオレはわからないけれど、一年に一度の国会稲門会ぐらいは来たらどうだい。きみがこれから古賀誠さんの期待を背負って大宏池会を切り盛りしていく以上(岸田氏は宏池会会長)、稲門の代議士たちから『岸田さんは校友だ。がんばってください』と言われるようになるのも大事なことだ。オレも安倍さんに言っておくけれど、四~五年はやるつもりで外務大臣をやれ。短期でも経験すればいいという了見じゃ、みんなは付いて来ないよ。派閥のことなど忘れて、一生懸命に五年がんばる。ただしね、派閥のなかに本当に心を許せる子分をふたりぐらい作って、自分の代わりに派閥の仕事をやってもらうようにしておくんだ。そうしたら、みんな、きみを尊敬して付いて来るよ」

そんな話もしてあげたんですよ。

---以下第3回につづく

著者:森喜朗 田原総一朗(聞き手)
定価1785円
 
◆内容紹介
永田町激震 圧巻の回顧録!
岸信介、田中角栄、安倍晋太郎、三塚博、福田赳夫、三木武夫、金丸信、竹下登、中曽根康弘、小沢一郎、宮沢喜一、細川護煕、小泉純一郎、安倍晋三……
日本政治史を書き換える一冊。政治とは何か? 交渉とは何か? 派閥とは何か? 盟友・田原に、腹を割って語った歴史的記録。
「ぼくは正直なところ、森さんがここまで話すとは思わなかった。この本にはすべてが詰まっている。政治家の交渉とはどういうものか、交渉で勝つ、あるいは 負けるとはどういうことなのか、リアルに示されている。政治とは何か、政治家とは何か、ここまでわかる本はない」――田原総一朗
 
◆森喜朗(もり・よしろう)
1937年石川県生まれ。早稲田大学商学部卒業。産経新聞記者を経て1963年より議員秘書。1969年衆議院議員初当選。以来、43年にわたって衆議院 議員をつとめる。第85、86代内閣総理大臣。2012年、代議士引退。日本体育協会名誉会長、日本ラグビーボール協会会長などを歴任。
 
◆田原総一朗(たはら・そういちろう)
1934年滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業。岩波映画製作所、東京12チャンネル(現・テレビ東京)を経て1977年フリーに。現在は政治・経済・メ ディア・コンピューター等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。

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