現在の貨幣価値から類推すれば、数十億円にも匹敵するのではないだろうか。
仕方なく寛美は、松竹で新喜劇を担当していた重役に、内情を打ち明けたという。
「若いのに、借金つくりおって、なんぼや」
「四本半でおま」
「四万五千円か」
「いえ」
「四十五万か」
意を決して、寛美は、借金は、四千五百万だと打ち明けた。
重役は、頭を振りながら云った。
「天外はんに、相談せんとあかん」
結局、松竹は五十万しか貸してくれなかった。
借金の催促は、いよいよ忙しくなっていく。
寛美が逃げる事を心配して、御丁寧に上手と下手で張っている借金取りもいた。
可笑しいのは、借金取りよりも、寛美の方が元気になった事だという。
「舞台に馬力をかければ、いずれは、借金も返せるやろう」
暮らしぶりも地味にした。
屋台や場末の小料理屋を足場にすると、賑やかだった取巻きたちも遠ざかる。
そうして屋台で安酒を啜っていると、市井の人々と、腹を割って話す事の面白さ、愉しさを覚えた。こういう暮らしをしとったら、わしも、もっと豊かだったかもしれへんなぁ……。
それでも、借金はついてくる。
役者だから、逃げも隠れもできないのに、何とか組のお兄さんがやってくる。
ついに借金取りは、天外親父のところにもやってきた。
「寛美はあんたの弟子やないか。弟子の借金やから、あんたが肩代わりしたらどないや」
天外は、わしも借金してるんですわ、と債鬼を返した後、寛美を呼びだした。
「莫大な借金を払ってやるほどの器量はわてにはない。けどおまえも給料まで持っていかれては、身がもたんやろう。順調になるまで、生活費は、わてが出してやるわ」