ユーロ圏をはじめとし
アメリカの大学でも採用される
世界標準のバイオテクノロジーの教科書!
序文
バイオテクノロジーの起源は、微生物を用いてチーズ、パン、ピール、ワイン、食酢、ピクルスなど、いわゆる発酵食品(醸造食品とも呼ばれていた)の製造技術が確立した紀元前数千年に遡ると言われている。発酵食品といえば、わが国には麹を素材とする日本酒、焼酎、みりん、味噌、醤油のほかに、納豆、漬物、発酵ずしなど独自のものが豊富にある。
農村育ちの私は中学生のころ、毎冬母の自宅の徹夜の麹づくりをよく手伝った。当時は漬物を始め、納豆、味噌も農家では自家製造であった。初春には8~9人家族1年分の味噌を仕込んだが、これは家族総出の年中行事であった。終戦直後の中学時代はハエが多く、その駆除にハエトリシメジというキノコをよく利用していた。このキノコは味噌汁にすると美味しく、人間は平気なのに、ハエが死ぬのが不思議で興味があった。高校時代には簡単な実験で、ハエを殺す成分が水溶性物質であることを知った。
終戦後間もなく抗生物質の全盛時代が到来して、バイオテクノロジーに一大変革が起きた。その火付け役となったペニシリンは、さまざまな感染症に劇的な効果を発揮する、奇跡の薬と呼ばれた。その製造技術を米国から導入して、タンク培養法による大量生産が実現したのは1948年であった。
1950年は不治の病とされた結核の特効薬ストレプトマイシンの国産化に成功した年である。2年後には十数年前に比べて結核死亡が半減したのを記念し、厚生省が「結核死亡半減記念式典」を開いたほどである。私はこの翌年に大学へ進学した。在学中は欧米だけでなくわが国でも新抗生物質の開発が盛んで、セファロスポリン、カナマイシン、サイクロセリンなど多数の抗生物質が発見され、相次いで商業化された。在学中の1954年には、わが国で細菌を用いる調味料・グルタミン酸(ソーダ)の発酵生産技術が商業化された。
少年時代と大学時代の経験から、私は微生物を医薬、食品などの開発に利用する応用微生物学、今流に言えばバイオテクノロジーに魅せられ、その後の半世紀余りを研究テーマとしてきた。その中での一番の成果は1970年代初めに青カビからコンパクチンを発見し、その後数種の同属体(スタチンと総称)がコレステロール低下薬として商業化されたことである。現在スタチンで治療中の患者は3000万人以上に、年間売り上げは邦貨換算で3兆円に達した。
2010年2月のこと、世界的なベストセラー"Biotechnology for Beginners"の著者として名高いラインハート・レンネバーグ香港科学技術大学教授から電子メールを受けた。用件は改訂作業中の本書にスタチンの開発を新たに加えたいので協力して欲しい、筑波大学の小林達彦教授が本書の日本語版の出版を進めているというものであった。レンネバーグはスタチンがペニシリンと肩を並べる奇跡の医薬で、すでに何百万人の命を救ったことを知っていた。自身もスタチンを服用中というレンネパーグに喜んで協力したいと約束した。この教科書はドイツ語版を皮切りに、中国語、英語、ロシア語、スペイン語の版としてもすでに出版されている。
1970年代初めには、組換えDNAが発見されて、遺伝子工学時代がスタートし、バイオテクノロジーに革命が起きたと言われている。一部ではこの時期をバイオテクノロジーの幕開けと呼んでいる。私は大学在学中もその後も遺伝学を学ぶ機会に恵まれなかった。この間、遺伝学の進歩を独自で学ぼうと努めてきたが、レンネバーグの教科書と出会って、遺伝子工学の領域だけでなく、1970年代以降に発展した広範なバイオテクノロジーの新世界の現状と将来展望を把握できたことに感謝している。
ラインハート・レンネバーグは旧東ドイツ生まれで、高校卒業後の1975年に旧ソ連に留学、モスクワの生物有機化学研究所で学んだ。帰国後は旧ベルリンの分子生物学中央研究所に入り、グルコースセンサーの研究で学位を取得した。その後、文部省(現文部科学省)の奨学金で、京都大学工学部福井三郎教授と後継者の田中渥夫教授の下で博士研究員として研究生活を送った。アジアをこよなく愛するレンネバーグはその後の1994年に、香港科学技術大学に移り、現在に至っている。創立20年のこの若い大学は全世界大学ランキング25位の座を占めるアジアでトップクラスの大学のひとつに成長している。
レンネバーグは日本の歴史、文化と料理を愛する熱烈な日本ファンである。ドイツと日本は森鴎外、北里柴三郎がドイツで学んだ明治以来の友好国であること、第2次世界大戦ではともに敗れ、廃嘘の中から奇跡的な復興を遂げたこと、勤勉で教育熱心な国民性等も共有すると強調している。それだけに、本書の日本語版が出版されることを心から喜んでいる。
レンネバーグは日本の漫画とグラフイック・マガジン『ニュートン』から、化学情報の伝達にグラフイツクを用い、分かりやすく、ビジュアルに紹介する手法を学んだと言っている。この点は色彩豊かな本書で遺憾なく発揮されている。読んではもちろん、眺めるだけでもバイオテクノロジーを学べるこの世界的なベストセラーを多くの学生、研究者だけでなく、バイオテクノロジーに関心のある一般の人たちにも是非、推薦したい。
東京 2014年1月 遠藤章
目次
(上巻)
第1章 ビール、パンそしてチーズ:食に深くかかわるバイオテクノロジー
第2章 酵素:産業界や家庭で使われるスーパー触媒
第3章 驚異の遺伝子工学技術
第5章 環境バイオテクノロジー
第6章 グリーンバイオテクノロジー: 農業への応用
(下巻)
第6章 ホワイトバイオテクノロジー
第7章 ウイスル、抗体、ワクチン
第8章 胚、クローン、トランスジェニック動物
第9章 心筋梗塞、がん、幹細胞
第10章 バイオを利用した分析技術とヒトゲノム
一九五一年生まれ。ベルリンの科学アカデミー分子生物学中央研究所、ミュンスター大学などを経て、香港科学技術大学教授。ライプニッツ協会会員。
監修者 小林達彦(こばやし・みちひこ)
一九六一年生まれ。京都大学農学部農芸化学科卒。京都大学農学部助手・講師・助教授を経て、筑波大学大学院生命環境科学研究科教授。農学博士
バイオテクノロジーの教科書・上巻』
基礎・食品・環境
ラインハート・レンネバーグ=著
小林達彦=監修
田中暉夫・奥原正國=訳
発行年月日:2014/2/20
ページ数:416
シリーズ通巻番号:B1854
定価:本体 1700円(税別)
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バイオテクノロジーの教科書・下巻』
医療・産業・新技術
ラインハート・レンネバーグ=著
小林達彦=監修
西山広子・奥原正國=訳
発行年月日:2014/5/20
ページ数:496
シリーズ通巻番号:B1855
定価:本体 1800円(税別)
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