2014.02.26
# 本

ロスジェネ世代の精神科医・熊代亨氏の新刊『「若作りうつ」社会』より【第1回】年の取り方を間違えるとメンタルが危ない―「若作りうつ」社会がやってきた!

「若作りうつ」を呈したCさん

【ケース】Cさん 四十三歳・女性

Cさんは印刷会社に勤務している二児の母親でした。仕事も子育てもそつなくこなし、社交的で、スポーツジム通いも積極的だった彼女は、「自己実現している女性」として、社内では尊敬を集めてもいました。Cさん自身、そんな自分のライフスタイルが満更ではなかったようです。

平成二十二年の年末、多忙の合間をぬってコンサートに出かけた頃から、不眠や集中力の低下を自覚するようになり、子どもに対してイライラしやすくなりました。「しっかりやらなければならない」と思ったCさんはそれでも頑張り続けていましたが、やがて食事も受け付けなくなり、友人と遊びに出かけるのも億劫になりました。半年後、知人の勧めで心療内科を受診し、「うつ病」の診断基準に当てはまると言われ、三ヵ月間の療養生活に入りました。

休息と薬物療法が功を奏し、二ヵ月程度でほとんどの症状は改善しましたが、Cさんの表情は冴えません─「これでは元の生活はできません」。彼女の語る「元の生活」とは、朝から晩までスケジュールで埋め尽くされた、エネルギッシュなものでした。「二十代ならともかく、四十代には応える生活ではないでしょうか?」と問うてみると、Cさんは困惑しながら「私は、若い時と同じペースで頑張りたいんです」と答えました。身体機能の衰えを認めることに、Cさんは抵抗があるようでした――。

Cさんのようなケースでは、「若い頃のライフスタイルを維持したい」気持ちと「年を取り、心身ともに無理がきかなくなっている」現実とのギャップが大きく、医師から年齢相応のライフスタイルを勧められてもすぐには受け止めきれないことがままあります。

ですが、仕事や娯楽やコスメティックで「私はまだ若いんだ」とごまかし続け、心身に無理をかけ続けるようなライフスタイルは、メンタルヘルスの破綻と背中合わせのものです。運が悪ければ、脳梗塞や狭心症といった、身体疾患のかたちで破綻がやってくる事もあります。

「自分探しが終わらない」――その顛末

次に紹介する例は、思春期心性の赴くままに生き、自分探しを続けてきた結果、メンタルヘルス上の困難に直面してしまったケースです。

【ケース】Aさん 四十歳・男性

Aさんは滋賀県の進学校から東京の名門大学に進み、優れた成績で卒業しました。大学卒業後は大手電機メーカーの正社員として就職。二年間は大過なく仕事をこなし、三年目に外資系企業に転職しました。渡米後、現地で頭角を現しはじめ、大きな仕事も任されるようになります。この頃までのAさんの人生は順風満帆そのものでした。

ところがIT系ベンチャー企業に引き抜かれ、外資系企業を三年目に退職。その後、新しい仕事や職場環境に馴染めず数ヵ月で退職を余儀なくされ、やむなく製造業のY社に転職しました。これまでの職場に比べるとY社はいかにも旧態依然とした、Aさんが満足できるような職場ではなく、結局これも長続きしませんでした。その後はアルバイトを転々としながら、司法試験の勉強や小説の執筆を続けていました。

この頃からAさんは、身体の不調感とともに「自分がよくわからない」「生きていても虚しい」と憂鬱に感じるようになり、生活リズムも不規則になっていきました。近所のコンビニに行くのも面倒臭く感じられるようになり、昔の友人に頼ろうにも、かつて威勢のいいことを吹聴していた自分自身が恥ずかしく、コンタクトをとるのを躊躇してしまうそうです。

現在のAさんは「気分変調症」の診断名でメンタルクリニックに通院しながら、断続的な身体の不調感や憂鬱気分に対する治療を受けています。しかしAさんは治療そのものには懐疑的で、「自分には価値のある何かが必要」と感じています――。

こうした、「自分探しが終わらない」的な生きざまは、80~90年代には肯定的に語られていました。そうした生き方を、心理学者や精神科医が“新時代の強者のライフスタイル”として紹介していたこともあります。また、昔の「フリーター」や最近の「ノマド」のように、そうしたライフスタイルが流行になることもままありました。

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