2014.03.28
# 雑誌

「東大までの人」と「東大からの人」大切なのは「出身高校」というブランド

週刊現代 プロフィール

「そもそも、東大生には、自己肯定感がないんです。多くの東大生が、なぜ東大にいるかといえば、根底にものすごい自己嫌悪があるから。それを払拭するために頑張れる。僕自身も、子供のときから自分が存在していい理由がわからない、という不安感があった。

 

そういうときに、ものすごく難しい問題を解いてみせると、『褒められる』。すると褒められることを異常に渇望するようになる。裏を返せば、『叱られない』ことに壮絶な執念を燃やすようになるんです」

モテる機会もなくした

前出の片岡さんの「一番コンプレックス」とも言える心の動きも、まさに「一番として認められなければならない」という屈折したプレッシャーのなせる業だろう。それが海千山千の名門校出身ではなく、地方の普通の高校で「神童」と呼ばれてきた東大生ならば、なおさらである。

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「だいたい、麻布とか開成みたいな東京の名門校のヤツらに、僕らが勝てるわけがないんですよ」と話すのは、文科二類に入学した1年生の進藤雄介さん(仮名)。毎年10~20人の東大合格者を輩出する九州の名門県立高校の出身だが、在京名門校には歯が立たない点があると話す。

「彼らの話を聞いているとげんなりしてしまう。別に向こうに地方出身者をバカにする気持ちがあるとか、そんなことはないんです。

でも、東京の有名校の卒業生に限って、互いに『鈴木先生~』『高橋先生~』とか呼び合ったりする。自分たちは将来、医師や弁護士、政治家や研究者になると、大学入学前から自然に意識して育ってきているんです。それもそのはずで、彼らの親はほとんどが東大卒。東大教授の息子もゴロゴロいる。

僕らが『へえ、これが安田講堂か』『これが東大の図書館か』と感心している横で、そんなもの見慣れたつまらないものだというように、スイスイ歩いていくヤツらがいる。息をするように自然に、当たり前のこととして東大生になったヤツらに、僕らが追いつけるわけがない」

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