ぼくとのやりとりで印象に残っている言葉がある。温暖なロサンゼルスでは、若くして財産を作り仕事を辞めて、悠々自適の生活を送っている人間も少なくない。しかし、自分はそんな生活はできないと伊良部は首を振った。
「人生のチャプター・ツー(第二章)がある人は羨ましいですよ」
伊良部は野球のなくなった「第二章」の頁をうまく開けず戸惑っていた。
「いずれ日本に帰ります。それは頭の中で決めています。ここに永住する気はないんで」
伊良部が念願の日本に帰国したのは、死後、遺骨となってからだった。
たざき・けんた/'68年、京都生まれ。'99年に小学館を退社後、ノンフィクション作家に転身。伊良部の最後のインタビュアーとして彼の実像を伝えるべく日米各地で取材。『球童』(講談社)を上梓した
「週刊現代」2014年6月7日号より