レタス生産量日本一の川上村は「奇跡の村」だった。経済的にも恵まれ、高齢者が元気に農業に携わる。東京から嫁をもらい、後を継ぐ若者もいる。かつての寒村は、いかにして生まれ変わったのか。
カネより大事なものがある
見渡す限りのレタス畑。遥か遠景には八ヶ岳の峰々が連なる。あたりは静まりかえり、鳥のさえずりだけが、時々遠くから聞こえてくる。
中央自動車道から長坂インターを経て、車を走らせること約1時間。曲がりくねった道ではあるが、舗装された道路は道幅も広く走りやすい。ぐんぐんと高度を稼ぎ、標高が約1300mに達したところに長野県南佐久郡川上村はあった。
農道に車を止め外に出る。標高が高いので6月といっても少し肌寒いが、都会に比べ空気は澄んでいる。深呼吸をすると空気がうまい。
畑を見渡すと、作業着を着て肥料をまいている男性がいたので声をかけた。川上村でレタス農家を営む由井清幸さん(69歳)だ。
「おーよく来たなあ、東京から来たのか。見ての通り、ここは『レタスの村』だ。ここの村民のほとんどはレタス農家だよ。今はまだ出荷前だけど、一つ食ってみるか」
由井さんに勧められるまま、水滴が付いたレタスを一枚剥いでかじる。
「どうだ、うまいだろ?」
正直、味の違いまでは分からなかったが、冷たくてみずみずしい。まさに新鮮そのものだ。
レタス畑に目をやると、白いビニールで覆われた細畝が辺り一面に展開されている。白色が目立つのはまだ小さい苗。出荷目前になると、鮮やかなレタスの緑一色となる。
川上村のレタスの出荷がピークを迎えるのは7月から8月にかけてだが、すでに出荷作業をしているレタス農家もあり、若い女性の姿も見えた。
千曲川の源流に位置し、高原野菜の名産地として知られる川上村が脚光を浴びたのは、藤原忠彦村長(76歳)が'09年に発表した『平均年収2500万円の農村』という本がきっかけだった。
それ以降、テレビも含めてマスコミの取材が次々と舞い込んだ。だが、藤原村長は「ワイドショーで村の本当の姿が伝わっているわけではない」と言う。
「年収2500万円というカネの話ばかりがクローズアップされるけど、厳密には年商2500万円ですし、そもそもそれより大切なのは、村民たちの心の満足度。いくらカネがあっても心が貧しければ村は衰退する。子供が元気に育って、村民全員が健康で笑顔の絶えない村を作るのが、私の使命だと思っています」