2014.09.16

寺尾紗穂 原発で働くということ
連載第1回 30年間の空白

寺尾 紗穂

樋口さんの著書を一読すると、岩佐さんのように、被害を法廷に持ち出せるのは極稀だということがよくわかる。多くの場合、事故や怪我があったことそのものがうやむやにされるからだ。なぜうやむやにされるのか。東電が隠蔽するから、というのは半分当たっていて半分間違っている。実際は隠蔽したい東電の意を十二分に汲んだ下請け会社のトップが隠蔽に心を砕くのだ。東電が隠蔽する以前に、東電に報告すらされない事例が多いといえる。

『原発ジプシー』の堀江邦夫は福島第一原発のタービン建屋で落下事故を起こしたとき、会社の所長に言われたことを次のように書いている。

「いいかい堀江さん。労災だと日当の六割しかもらえんのよ。だけど労災扱いにしなければ、うちで全額面倒みてあげる。ね、どっちがいいかわかるやろ?」
 カネを多くもらうのと、少ないのとではどちらがいいか――日雇労働者でなくても、「多い方がいい」と答えるだろう。それでなくても、安全責任者から「労災にすれば、東電にバレるので……」という話があった。東電や会社に迷惑をかけてまで労災扱いにしてくれと、「使われている側」の労動者がはたして言えるだろうか。

原発の労動者は東電に雇われている訳ではない。孫請け、曾孫請け、といくつもの下請けが連なって、その末端で被曝労働に従事する労動者が束ねられている。

この下請けシステムはただ単に「ピンはね」の問題だけではなく、常に上の会社の顔色を窺って都合の悪い情報は隠されるという意味で、労動者の労働環境に暗い影を落としている。外部から見たら呆れるようなマスクの根本的な欠陥やアラーム無視の実態が、改善されることなく温存されてしまうだろうということは容易に想像がつく。3・11後も鉛遮蔽による線量のごまかしが明らかになったことは記憶に新しい。

30年間の空白

しかし、例えば東日本大震災が起こる直前の福島原発について、その内部での労働実態がどのようなものだったか、詳しいところは分からない。

というのも、樋口さんの著書、堀江邦夫の『原発ジプシー』、原発の清掃会社社員森江信の『原子炉被曝日記』、敦賀原発で働く息子を亡くした松本直治の『原発死』など原発での労働実態に切り込んだ作品は1979年から80年代頭にかけてまとめて出ているが、それ以降の原発内労働の実態について詳しく知ることのできるまとまった本を寡聞にして知らない。唯一96年に、岩波ブックレットから藤田祐幸『知られざる原発被曝労働』が出て、浜岡原発で亡くなった労働者のケースがとりあげられているほかは、反原発の団体が残している資料などに限られる。

つまり、80年以前の原発内の労働実態についてはある程度知ることができるが、それ以降30年以上にわたって、原発の被曝労働について詳しく知ることのできる著作は出ていない。たとえば、平成以降の原発、2000年代の原発について、その労動実態は十分明らかにされていないといえる。

もちろん、孫請け、ひ孫請け、六次七次……というような気の遠くなるような上下構造の中で、原発内の労働が急速に変わるわけもない。むしろ旧態依然として、非人道的な労働が続けられているのだろう、そういう推測をすることはできる。

その一方で、この30年で科学技術は当然のように進み、一人一台パソコンを持つことが当たり前の時代になった。人々のテクノロジーに対する信頼が大きく揺らぐこともなく、スリーマイルも対岸の火事とされ、原発の表向きのクリーンなイメージは維持されてきた。原発の中央制御室で人が機械をコントロールしているイメージは、強化こそされても、疑問を付されることはほとんどないまま、空虚な安全神話に貢献してきたのである。

「まさかゼロ年代の原発内でそんなにひどい労働が行われるだろうか」「新しい機械が導入されたり、人間の負担は減っているのではないだろうか。ロボットが作業に当たることもあるのでは」。何も知らなければそういうイメージを抱いても不思議はない。

ためしに経産省の作っていた「なるほど!原子力AtoZ」というサイト(2013年1月時点「改訂中」、2014年8月現在削除されている)をのぞいてみる。原発がどれだけ安全かということについて、原子炉建屋、原子炉格納容器、原子炉圧力容器、被覆管、ペレットという五つの壁があり、これがダメだった場合はこの装置が、この装置がダメな場合でもこちらの装置が作動して、というふうに幾重もの多重防護がとられているために絶対安心です、と説明がされている。実際にはそれらがうまく作動しなかったり、緊迫した状況の中で、作動したか否かの確認や判断さえ的確にできなかったことなどは、3・11で奮闘した吉田所長の吉田調書をみても明らかだ。