第30回 講談社科学出版賞

大栗博司・著
『大栗先生の超弦理論入門
九次元世界にあった究極の理論』
Amazon/楽天ブックス
私たちは「どこ」に存在しているのか?
物質の基本は「点」ではなく「ひも」とする超弦理論によって、ニュートンの力学、アインシュタインの相対性理論に続く時空概念の「第三の革命」が始まった。
現代物理学における究極のテーマ「重力理論と量子力学の統合」には、なぜ「ひも」が必要なのか?
「空間が9次元」とはどういうことか?類のない平易な説明の先に待ち受ける 「空間は幻想」という衝撃の結論!
※本書の一部は「ブルーバックス前置き図書館」でお読みになれます
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――〔編集担当・山岸〕このたびの受賞について、どのようなことをお感じになっていますか。
大栗 自分自身の研究について本を書き、多くの方に読んでいただき、賞までいただいて、ありがたいことだと思っています。ほかならぬ小林誠先生からゆきとどいた選評をいただいて、感謝に堪えません。
私はアメリカの大学に勤務していて、職業は英語ではプロフェッサー(professor)といいます。この言葉は、カソリック教会でキリスト者になるときに行う信仰告白の「告白」を意味するプロフェス(profess)が語源ですから、もともとはみずからの信じることを公に述べる者という意味でした。ところが、一九世紀のドイツで近代の大学制度が整備されると、「いままで誰も知らなかった真実を発見し、それを次の世代に伝える者」を、プロフェッサーと呼ぶようになりました。ですから、自分の研究をこの本のような解説書にして公に述べ、人類の将来を担う若い世代に科学のすばらしさを伝えることは、私の職務の一部と考えています。
――大栗先生にとっては『重力とは何か』『強い力と弱い力』(いずれも幻冬舎新書)に続く三冊目の一般書執筆だったわけですが、一般向けの本をお書きになるときに心がけていることは何ですか。
大栗 私のような研究者が自分で本を書くことの意義のひとつは、研究の現場の様子を直接伝えることだと思います。
私たち理論物理学者は、数学を言葉として使っています。これを一般の方々に解説するためには、ヨコ書きの数式をタテ書きの日本語に起こさなければいけないので、工夫が必要です。難しい概念は何かにたとえて説明することもありますが、その際にも、できるだけ研究現場で実際に使われているたとえを使うようにしています。やさしくても、本格的な表現にしたいからです。
――とくに今回の本で苦労されたことはありますか。
大栗 前二作のテーマはタイトルの通り、『重力とは何か』では重力の理論であるアインシュタインの一般相対性理論とその発展、そして『強い力と弱い力』では残りの三つの力である強い力、弱い力、電磁気力を含む素粒子の標準模型でした。超弦理論はこの四つの基本的な力を一つの理論で統一的に理解する試みです。ですから今回の本は、自然界の基本法則に関する私の「三部作」の完結編ということになります。
しかしもちろん、読者が前二作を読まれていることを仮定するわけにはいかないので、超弦理論の話をする前に、前提となる四つの力についての説明が必要になります。人類が過去何千年もかけて理解してきた自然界の基本法則を一冊の本の前半にまとめて、しかも後半で超弦理論についてじっくり語り尽くせるだけのページ数を確保しておかなければならないため、とくに四つの力について解説する前半部分は、何度も書き直しました。