2代目「バントの神様」
高校を出たばかりの1年目から一軍で活躍できるショートは、そうはいない。近年ではPL学園出身の立浪和義(元中日)くらいのものだろう。
今宮も例に漏れず、入団後の2年間は、ほとんど一軍での出番はなかった。バッティングも大事だが、まず守れなくてはショートは試合には出られない。
今宮に徹底して基本を叩き込んだのが同じ大分出身の鳥越裕介内野守備走塁コーチである。当時の肩書は二軍監督だ。
現役時代は長身のショートとして鳴らし、中日時代の'97年にはショートで9割9分7厘というポジション別最高守備率を記録している。いわば守備のスペシャリストだ。その鳥越は18歳の動きを一目見るなり、「これはモノが違う」と感じた。
どこがどう違ったのか?
「最初のキャンプで試合形式のシートバッティングをした時のことです。普通の新人なら、ハーフバウンドのライナー性の打球に対しては正面から入ろうとするんです。体で止めに行こうと。大学から入った私でもそうでした。
ところが今宮は飛んできた打球に対し、瞬時に距離をとり、パッと捕った。僕は現役時代から、いろいろなルーキーを見てきましたが、難しい打球に対し、あんな反応を示したのは後にも先にも彼だけ。〝これはいける!〟と確信しました」
センスに加え、リーダーシップが取れる点にも鳥越は着目した。鉄は熱いうちに打て—。鳥越が重視したのがしつけである。
「最初は生意気な部分もありました。使った物はきちんと片付ける。ロッカーはきれいにする。そういう面も含めて指導したんです」
これを受けて今宮は言う。
「鳥越さんには、もう毎日怒られているイメージしか残っていない。挨拶の仕方まで教わりました。しかし、厳しく接してもらったことで僕は成長できた。人生を変えてもらったとさえ思っています」
昨季から2番・ショートとしてレギュラーに定着した。2番は、つなぎ役だ。〝おくりびと〟として2年連続でリーグ記録の62犠打を記録した。60犠打以上を2度達成したのは、史上初めてだった。3割打者がスタメンに5人も並ぶソフトバンク打線にあって今宮が果たすべき役割は大きい。
バントの名手といえば現巨人ヘッドコーチの川相昌弘だ。通算533犠打は今でも〝世界記録〟である。
コツン、コロコロ。バントの要諦について、かつて川相は私にこう説明した。