2014.11.12

金本、新井、緒方から菊池、堂林、丸まで二流の男は、こうして一流を育て上げた内田順三 前広島二軍監督「さらばカープ、愛しき赤ヘルたち」

週刊現代 プロフィール

丸は打撃センスが際立っている。その証拠に、孤高の天才と言われ、'13年シーズン後に引退した前田智徳が「それじゃダメだよ」などと言いながら、丸に声をかけていた。前田はめったにほかの選手に話しかけない。丸の中にある将来性を見た、ということです。

隙を見て走る積極性も磨き、'13年には盗塁王にも輝いた。まだまだ楽しみな選手です。

広島に最初に来てから37年。日本ハムからのトレードが決まった直後、当時の古葉竹識監督から「代打稼業が中心になるかもしれないが、期待しているから、頑張ってほしい」と自宅に直接電話をもらい、意気に感じました。入団2年目の'78年も首位ヤクルトに5ゲーム差の3位に終わったのに、チームで海外旅行に行き、同行した当時の松田耕平オーナー(故人)から家内ともども声をかけていただいた。

家族的な雰囲気を大切にし、FAで新天地を求めた選手以外は、在籍選手を簡単には交換トレードに出さないし、見捨てない。実績のある大卒、社会人選手を早めに抜擢し、そのかわりに未熟な高卒選手をじっくり育てる。私はカープで、指導者の基礎を学びました。

カープは市民球団だけに資金は限られています。現在のマツダスタジアムが建設された時も、財政面がネックになりましたが、広島各地に置かれた「たる募金」で約1億2000万円が集まり、同スタジアム建設に一役買いました。

おカネがなくても、選手の素材に恵まれなくても、乗り越える原動力となったのは、市民のカープ愛です。赤ヘルは、選手の燃えたぎる闘争心の象徴。私は広島で培った熱きハートを巨人の選手にもぶつけます。

「週刊現代」2014年11月15日号より

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