おカネがなければ、生きていけないおカネがあるだけでは、幸せにはなれない──。
おカネがあれば、はたして幸せになれるのか。この大問題は、貨幣が生まれて以来、人類を悩ませてきた。最前線で活躍する研究者や一家言をもつ著名人への取材を通して、おカネと幸福度の不思議な関係を明らかにする。第1部は、下積みからブレイク後まで、有名人はオカネといかに付き合ってきたか──。
所詮は紙切れです
「今年77歳になりますが、この歳になって思うのは、ある程度のカネは必要だなということ。30代、40代なら働けばいつでも稼げるという気持ちがあるから、貧乏を恐れない。でも、歳を取って気力も体力も衰えてくると、最低限のカネを持ってないと不安だな」
こう語るのは、作家の安部譲二氏だ。前半生をヤクザ者として過ごし、50歳からは作家として活躍した安部氏の生き様は、一般人と比べるには波乱万丈すぎるかもしれない。だが、彼もまた人並みにカネの悩みと付き合いながら生きている。
「うちの女房は年金を月にいくらかもらっているんだよ。たいしたもんだ。私は年金なんてまるで縁がない。誰もそんな制度のことなんて教えてくれなかったからね(笑)」
現役時代にはずいぶん稼いで遊んできた人間が、年金暮らしになると、カネとの付き合い方ががらっと変わるように、額面は同じでも、人によってカネが持つ価値や効果は千差万別だ。
人間、カネがないと暮らしていけないのは確かだが、カネさえあれば幸せというわけではない。いろいろなカネとの付き合いをしてきた有名人の話を聞きながら、カネがもたらす幸せとその限界について考えてみたい。
'80年代の漫才ブームに乗って、月収8000万円を稼いだこともある漫才師でタレントの島田洋七氏は、一時期、家の押し入れに3億円以上の現金があったという。ギャラの袋をファンレターと間違えてしまいこんでいたのだ。
「1000万円くらいずつビニールに入っていたけれど、それを破ったらインクの匂いがしました。だから、やっぱり所詮は紙切れなんですよ。昔、ばあさんが『カネは紙ばい』と言っていたのを思い出しました。『だから、心の金持ちのほうがよかばい』ってね。それで、紙に執着したり、惑わされたりするのはバカらしいと思うようになりましたね。だから月に何千万円もらっても、金銭感覚はまったく狂いませんでした」
若くして大金を得た島田氏だが、その後、売れなくなった時期もあった。稼ぎの浮き沈みが激しくても、カネを紙切れだと思える体験があったから、価値観がぶれなかったのだろう。
「どれだけ稼いでも、カネの使い道は飲み食いくらいなもの。弟子やらマネージャーやらを呼んで食べるだけです。高級なブランド品なんか興味がないですから。カネと幸せはたぶん関係ないです。75歳とか80歳になって貯めこんでいる人は逆に焦ると思いますよ。カネって不思議なもので、知らない人にあげにくいし、あの世に持って行けるわけでもない。火をつけたら燃える、ただの紙ですしね」