2.大都市圏の地方自治に適した制度は何か
佐々木教授【270万人にも達する、しかも隣接市町村、隣接県から多くの人々が通勤・通学し昼間人口が倍近くも膨れ上がっている「大都市大阪」が70万~100万都市を想定に制度化されてきた指定都市制度でうまく都市経営ができるだろうか。】(前編)
■コメント:
「指定都市制度に人口規模の限界がある」という理論は興味深いが、横浜や名古屋、人口200万に近づきつつある札幌をはじめ今の制度に一応満足しているので、証明が難しい。60年前に導入されたときは、大阪(当時の人口は約260万人)、神戸、京都、名古屋、横浜だけが適用対象であり、まさに東京以外の最大規模の都市を想定した制度としてスタートした。その後、人口100万以下の都市も参加したのは、地方の成長と地方分権の結果であって、大阪等を制度不適合にしたわけではない。
大阪が、横浜、名古屋、札幌さらに京都、神戸などと決定的に違うと主張するためには、大阪市の中心機能の高さ、大阪府の狭さを根拠にするしかない。後者は、大阪市以外の府域の人口で見ると他の府県を超える規模なので、賛成できない。前者は、大阪には東京と並ぶ特別な機能や施設が必要なので、府が市を吸収して集中投資しなければならないという主張だろう。しかしこれは、1.で書いたように、具体的に「大阪の高度機能として**を作りたい」、「そのために大阪市の存在は邪魔になる」という2段階の説明をしないと、説得力がない。
実際には、大阪でかつて不足していた住宅や公園は、府が府下、大阪市が市内と地域を分担して大いに改善してきた(これもある意味では「二重行政」だ)。とくに大阪市は、かつて「都市格」が低いと嘆かれた大阪の街を、文化施設、公園整備、再開発などで魅力的な世界標準の都市に高めた業績が大きい。1970年の万博も、関西空港も、梅田駅北の開発も、府と市が多少時間はかかっても、協力・議論して実現してきた。(今年のミラノの万博も、ウェブサイトを見ると、ミラノ市とロンバルディア州などが資金を出し合っている。)
たしかに、市が府に吸収されれば、大阪市の地下鉄は市外にもう少し伸ばせるかもしれないが、東京都を見ても、地下鉄は23区の外に遠く伸びているわけではなく、経営上の限界がある。(なお一部に都営地下鉄があり、バスは「都バス」で民営化されていない。)大阪市営地下鉄と民鉄の相互乗り入れはうまくいっているので、府と市の協力分担を制度化すればよいと思うのだが。
佐々木教授【ニューヨーク、ロンドンなど先進国の大都市(200万を超える規模)は、総じて住民自治を担保する特別区と広域政策を担当する広域市ないし都市州の統治形態をとっている。】(前編)
■コメント:
私もいろいろ調べたが、結論は佐々木教授とまったく逆で、「大阪府・大阪市の2重のシステムが民主的な先進国では常識だ」ということになる。「州や県などの広域自治体と、中心都市の市役所の2重システム」といってもよい。
パリ、リヨン、ミラノ、アムステルダム、バルセロナ、台北、名古屋、横浜などの大都市では、中心都市担当の「市」(市役所)と、大都市圏担当の広域自治体(県や州)の両方を置いている。広域自治体だけでは、大きすぎて、中心都市の自治や政策が弱まってしまうからだ。
先進国の主要な「市」の人口を調べると、ロンドン、ソウル、ニューヨークなど1000万に近い規模のものもあるが、それでも大阪府よりは面積が小さく、かつ首都または経済首都なので現実の都市規模が大阪市よりはるかに大きい。(つまり「大阪都」と違って、自治体と現実の都市がほぼ一致している。)
しかし先進国で圧倒的に多いのは、大阪市と同じ人口200~300万程度の「市」だ。上記のパリ、バルセロナ、台北、名古屋、横浜に加えて、ローマ、グレーター・マンチェスター、ベルリン、シカゴ、トロント、シンガポール、釜山などがそうである。さらに、ミラノ、アムステルダム、サンフランシスコ、ボストン、チューリヒ、フランクフルトなど人口100万前後の市でも、広域自治体(州など)と協力しつつ、世界都市として繁栄している。
「大阪市が小さすぎる」とか、「大きすぎる」とかいう批判は、このように海外の情報を集めれば根拠がないと分かる。(各都市についてインターネットで分かるので、調べてみるとよいでしょう。)
ただ、佐々木教授が述べるように、海外の大都市の「市」には、区に議会を置いたり、さらに区議会が区長を選出するような事例もある。しかし財政状況のとくに厳しい日本では、「府県―市―区」の3つの自治体の層を作るのはムダと言われそうで、結局、「府―市」(現状)と「府―特別区」(大阪都)のいずれかのあいだの選択になるわけだ。選択の手掛かりは、①強い政令指定都市・大阪市の価値と役割をどの程度評価するか、そして②大阪市を残したままで区を強めることができないか、という検討だろう。
筆者を含むかなりの行政学者や実務家は、①の大阪市の重要性を認め(すぐ前のコメントで述べた)、②は部分的に実現する(あとの4を参照)ことを推奨する、つまり、かつて東京市を廃止分割して作った東京型の制度(都構想)には批判的だ。
東京都庁の職員歴が長い佐々木教授が、都・区の制度に慣れ親しんでおられるのは分かる。ただ、それを大阪に直輸入してよいのかは、大いに疑問だ。
藤井教授が述べる、「大阪府のなかで大阪市域の比重・発言力は3分の1」(大阪市の都市サイズ=たとえばJR環状線の直径、が東京23区の約半分)という事実がかなり決定的だが、さらに、2つの違いに注目していただきたい。第1に、東京は首都なので、各種の重要施設(文化、スポーツ、産業関連施設など)を国と東京都が1つずつ作るが、大阪では国の支援が弱く、府と市が1つずつ作ってやっと東京並みになることだ。
ムダな二重行政は廃止縮小すべきだが、需要のあるものや機能分担している二重行政は、むしろ大阪を便利にして都市の力を強めている。首都でない京都、兵庫、神奈川、愛知なども、同じように府県と市の施設が並立、分担している。
第2に、お金が余る東京と違い、大阪都は効率至上主義に立ち、「ケチケチ都構想」になっているので、大阪市が廃止されると、その政策や施設も大幅に削減される。絞り出した財源はおそらく、特別区庁舎の整備やムダな「大阪都記念事業」に回されてしまうだろう。
その結果、都構想で政策力の「エンジン」が府・市の2つから府1つだけに減った大阪は、むしろ衰退するおそれが強い。