風化が進む中国の「反日感情」
〜五輪招致成功と抗日戦争勝利70周年にみる、習近平政権と民衆の乖離

【北京ルポ2015 前編】
〔PHOTO〕gettyimages

「オリンピックは2008年にも北京でやっているから……」

北京時間の7月31日午後6時、マレーシアのクアラルンプールで開かれていたIOC総会で、2022年冬のオリンピックの開催地が北京に決定した。

私はこの日に北京に着いたばかりで、その時間は「北京の銀座通り」こと、王府井のホコ天を歩いていた。ホコ天の南側の角、長安街と交わる近くの東側に、「北京2大書店」の一つ、王府井書店が設置した巨大な電光掲示板がある。6時前になると、広告用の電光掲示板が、中国中央テレビ(CCTV)のニュース画面に切り替わり、クアラルンプールの会場から生中継となった。

道行く若者たちも立ち止まって、固唾を飲んでスクリーンを見守っている。

「Beijing!」

IOCのバッハ会長がそう告げた瞬間、クアラルンプールの中国代表団が、歓喜を爆発させた。中央テレビのアナウンサーも「われわれはついに勝ち取りました!」と、興奮気味に伝えている。

だが王府井のホコ天は、いたって静かなものだった。人々はポケットからスマホを取り出し、パチパチとスクリーンを撮って、その場から「微信」(WeChat)で友人たちに送るだけ。それは彼らが普段、レストランで「水煮魚」を食べた時に写真を撮って送るのと、何ら変わらない行為だ。その間、わずか30秒ほど。それが終わると三々五々、散って行った。

「自分の故郷に再度、オリンピックを誘致する」という習近平主席肝煎りの「国家事業」を成功させたにしては、何とも寂しい光景だった。隣に立っていた20代の女性に聞くと、次のように答えた。

「今回のライバルは貧国のカザフスタンだけだったし、2008年にも北京でやっているから、別に招致を成功させたからって、『それが何?』という感じ。嬉しいのは、オリンピック期間中、大気汚染がなくなることと、臨時の祝日ができることくらいかな」

それだけ言うと彼女は、「いまからユニクロのタイムセールがあるから」と言って、走り去ってしまった。

続いて30代の男性に聞くと、ややくぐもった声でこう回答した。

「冬に雪も降らない北京で、どうやって冬季オリンピックをやるの? きっとヨウ化水銀をしこたま空に撒いたり、人工雪を造ったりするんだろうけど、ますます北京の街が汚染されることになる。それに誘致にかかった費用や開催にかかる費用は、われわれの税金で賄うわけでしょう。政府にそんな余裕があれば、税金を減らすか、株価を上げる対策にでも使ってもらいたい」

興味深い光景にも遭遇した。私の近くで、中国メディアの4人のカメラマンが、「オリンピック招致成功で沸き返る市民たち」のショットを撮ろうと、待ち構えていた。だがホコ天では、万歳も拍手喝采もないので、望んでいた写真が撮れない。しびれを切らせたカメラマンの一人が、大型のカメラバックから「五星紅旗」(中国国旗)を取り出して、幼児を抱いていた母親に頼み込んだ。

「この旗を子供に持たせてポーズをください」

母親は、仕方ないなという感じで、幼児に旗を持たせて、「このお兄さんの前で振りなさい」と促した。カメラマンはフラッシュを何度も焚いて、「ありがとう」と言って立ち去った。

すると残りの3人のカメラマンも近寄ってきて、「もう一度、子供に旗を振らせてくれ」とせがんだ。すると子供は委縮して、泣きそうになった。その時、母親の堪忍袋の緒が切れた。

「いったい何度、この子に同じポーズを取らせれば気が済むの!」

だがカメラマンたちは、母親の怒りを無視するかのように、子供の手を無理やり挙げさせて、写真を撮って行ったのだった。

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