ゼロからわかるクスリのすべて
自然の恵みから始まったクスリについて理解し、私たちが出会うクスリのしくみ、創薬研究の過程や、高齢社会とクスリの問題について考えます。
医療に関わる薬剤師になるために何を学び、どうすればいいのか指南しながら、生物学や化学がいかに創薬に貢献しているか、またクスリが人類の生存にとっていかに大切かを解説。さまざまな例を紹介し、クスリについての正しい理解を深めていきます。
めざましい進歩は20世紀から
クスリ(薬)は私たちの生活の中にとけこんでいます。命を助けられた人もたくさんいます。
動脈硬化のためにコレステロールや血圧のクスリを服用している人も多いでしょう。風邪薬や胃腸薬を服用したり、抗生物質の世話になることもあるでしょう。クスリを通して、知らず識らず私たちは薬学という幅広い学問の恩恵を受けているのです。
クスリの始まりは、植物や動物に由来する物質(天然物)でした。歴史をひもとくと、いろいろな場面にクスリが登場します。古代のエジプト、ギリシャや中国には薬草の記録があります。
日本では奈良時代に光明(こうみょう)皇后が施薬院を作りました。東大寺の正倉院には天平時代の「種々薬帳(しゅじゅやくちょう)」という記録とともに、生薬(しょうやく)と呼ばれている大黄(だいおう)や、甘草(かんぞう)といった天然物が保存されています(正倉院の宝物)。西洋の医学が渡来するよりも遥か昔から、日本にはクスリがあったのです。
大航海時代に胡椒(こしょう)や桂皮(けいひ)、キナなどの植物がヨーロッパに伝わったことはよく知られています。19世紀初頭になって、キナからキニーネというマラリアのクスリが取り出されました。
そして江戸時代の末期、1823年にオランダ商館医師のシーボルトが、強心剤として知られていたジギタリスを、アルコールやエーテルとともに日本に持ってきました。これは西洋医学の渡来という大きな出来事でした。
人類は数々の病気や疾患を経験してきましたが、その多くは微生物や細菌、ウイルスの感染によるものです。ルネサンスの花が開いたフィレンツェでは、14世紀に黒死病の大流行で人口の3分の1が死亡しました。ロンドンでも同じ時期に人口が半減する流行がありました。
じつはこうした感染症との闘いの中で目覚ましい進歩があったのは、20世紀になってからなのです。
私たちは敵の正体(微生物やウイルス)を見破り、化学療法剤と言われている有機化合物や、微生物が作る抗生物質を手にしましたが、感染症の脅威は去っていません。いまだにインフルエンザに対する備えが必要ですし、2014年に数千人におよぶ死者を出したエボラ出血熱との闘いは今も続いています。
現代では糖尿病や成人病にも立ち向かわなくてはいけません。たくさんの有機化合物の中から、改良を加えたクスリができています。
しかし、高齢化が加速する社会への備えができているとは言えません。現在もクスリや病気の研究が根気よく進められています。
クスリが創られ私たちを治すまで
クスリが生まれるまでには、植物や天然物成分の分離、たくさんの化合物の探索と合成、細胞から細菌やウイルスにおよぶ生物学の研究があります。
研究を通じてクスリの候補となる化合物を発見すると、改良し安全性を確認します。最終的には臨床試験(治験)が行われ、有効性が証明された後に、認可されてクスリになります。さらにヒトに投与する方法や、クスリの形(剤形)が検討され、工場において製造されたものが、新薬として治療に用いられます。