「かつてあった湖水が、淀川に合流する地点で、水を放出していた。昔から水の集まりやすい土地として、『放出』と呼ばれるようになった」(70代の住民男性)。
'72年と'76年の二度にわたって発生した寝屋川の氾濫による水害を体験した、放出で長年暮らす80代の女性はその時の苦労をこう打ち明ける。
「あの時は生まれて初めて床上浸水を経験しました。家にも泥水が流れ込んでそれはもう大変でしたよ。三日三晩、朝5時に起きて夜の10時まで泥を掻き出す作業をして、もういっぺんに歳をとった気がしました」
放出の住民たちは、
「今は(寝屋川や淀川は)整備されているから大丈夫」
と話すが、これは油断以外の何物でもない。国土交通省のハザードマップでは、寝屋川の氾濫時には1~2mの浸水が、さらに淀川の氾濫時には同2~3mが見込まれている。これは大阪市内の他の地域と比較しても、きわめて危険度が高い。「水害は過去のもの」とは単なる思い込みにすぎないのだ。
そこは「ガケ」です
さらに、冒頭で東京都内・自由が丘の意外な危険性を紹介したが、首都圏に戻ってみても、他に多くの災害地名が存在する。
神奈川県横浜市中区野毛(のげ)町は、野毛山動物園を頂点とした丘陵地となっている。町は起伏が激しく、道路脇の急傾斜は、今にも崩れそうな状態をやっと抑えているかのように舗装されている。
'14年10月、この町の一部で崖崩れが発生して寺院に流れ込み、僧侶が1名亡くなった。近くの住民は、「事故が起こるまで、『崖がある』という程度の認識で、そこまで危険だとは思っていなかった」と言うが、実はこの「野毛」という地名が、災害を警告していた。
『横浜の町名』(横浜市市民局)では〈ノゲとは崖のこと〉としている。つまり野毛が、崖崩れや土砂崩れが起きやすい土地だと明示されている。
さらに『横浜の町名』の続きには、〈野毛町の地域には、有名な切り通しがあり、この切り通しは「野毛」という地名が意味する崖をまさに切り取っているのである〉とある。山を切り開いてできた町が野毛の本当の姿。危険があって当然なのだ。

他にも思いがけない災害地名として、「蟹」というものがある。神奈川県川崎市高津区蟹ケ谷(かにがや)はそんな蟹がつく珍しい地域だ。
川崎市発行の『川崎地名辞典』には〈「蟹」は、「剥落しやすい土地」を示す「カニ」から来たもの〉と、その由来が記されている。それを証明するように、'89年8月にこの蟹ケ谷で崖崩れがあった。当時を知る住民が振り返る。
「あの日は大雨が一晩続きました。ゴルフ場やバッティングセンターが建つ崖の上から土砂がなだれ落ちたんです。住宅に流れ込んで3人が亡くなりました」
その後、事故発生現場の崖下は造成されて、住宅地になったとその住民は話す。新しく引っ越してきた人たちは、大きな崖崩れがあったことを知っているのだろうか。
ここまで災害に関係する数々の地名をあげてきた。だがこれらは、ごく一部にすぎない。前出の楠原氏はこう語る。
「地名には必ず、そこで暮らす人の生活の上で不可欠な意味があります。だからこそ、長い間、災害と接してきた日本には『あぶない地名』があるのです。せめて自分の住む所、あるいはこれから住もうとしている土地の名前がどんな意味で、どういった場所なのかを知っておいて損はありません」
自分の住む土地の由来や成り立ちを、少しだけ振り返ってみることが、家族の命を救うことになるかもしれない。
「週刊現代」2015年8月29日号より