佐野氏の五輪エンブレムを評価する
まず、前回執筆した記事に関して。現段階で訂正を加えたり、意見を撤回しようという考えはまったくない。繰り返しになるが、五輪エンブレムは盗用ではない。
その記事もお読みいただけると幸いだが、私見では今回発表されたエンブレムは、五輪のマークとして練られたなかなか完成度の高いものだった。撤回へのきっかけとなった原案よりも、私個人は最終案のほうがアイデアのスケールが大きいと感じる。大きな円(和と輪)を東京の「T」の中に秘めながら、小さな円をグッと浮き立たせた。
奥ゆかしさと意志の強さ――あのエンブレムにはそんな両輪のメッセージがこめられていたのでは? と私は感じている。20世紀初頭のデザイン運動「バウハウス」の流れも感じさせる構成的なクールさがある一方で、アスリートをイメージしたのか、ウインクをしている人の顔に見えてくるなど人間的温かさや愛嬌のようなものも備えている。

巨匠ヤン・チヒョルトの展覧会のマークとの類似性が疑われた原案に関しても、盗用はほぼありえないと考える。
チヒョルト展で用いられた「T.」のデザインは、基本的には彼が1931年に開発した「トランジット」という書体を元とし、大きなピリオドとして「丸」を配したものだという。文字要素の9分割で構成されるエンブレム(原案)とは、デザインの道筋がかなり異なる。
事実、商標調査の段階において、チヒョルト展のマークは俎上に上がらず、それ以外で「複数点似ているものがあった」(武藤敏郎組織委員長の記者会見)というから、「T」と「円(丸)」の組み合わせにおいては、「見た目が似ている」ケースはそれなりの確率で起こりうることと考えられる。
佐野氏はチヒョルト展に足を運んでいたそうだ。そのマークに関して「記憶にない」という彼の証言が、本当かどうかは私にはわからない。しかし、盗用というのはふつう「バレない」ようにするのが基本だろう。デザイナーとしてのキャリアが20年以上ともなる佐野氏が、ここ一番のコンペでそこまで杜撰な盗用をするだろうか。
クリエイティブに対しては超シビアな第一線のデザイナーたちが足を運ぶ、「ギンザ・グラフィック・ギャラリー」の展示のメインアイコンから意図的に(しかもグラフィックデザイナーならだれもが知っているような大巨匠のビジュアルからモチーフを取って)、あそこまでわかりやすく似せるなどということは、ちょっと私には想像しにくい。模倣するのなら「円の位置を反対側に変えよう」くらいのことは試みるだろう。