「物理学のレベルまで掘り下げろ」が口癖
めったにない会議を開くとすれば、期限の2週間延期や予算の増額をマスクに要求するときくらいだった。中心的なエンジニアのひとり、アリ・ジャビダンが言う。
「30日後に完成させるなら、あと何人エンジニアを増やしてくれと具体的にイーロンに伝えます。もちろん、欲しい人材の経歴書も添えてですよ。『このままじゃ無理です』は通用しません。そんなこと言おうものなら、会議室からつまみ出されますよ。説明後、イーロンが『わかった、ご苦労さん』と言ったらしめたものです。あとでみんなが口々に『クビにならなくてよかったな』と喜んでいましたから」
マスクの要求にエンジニアチームが頭を抱えることは日常茶飯事だ。モデルSの試作車を週末に乗り回し、月曜日に80ヵ所の変更を指示したこともある。
マスクは何かを書き留めることはない。つまり、変更事項は全部頭の中に入っていて、毎週、そのチェックリストを確認しているのである。マスクの要求に応えられないなら、材料の特性を掘り下げて、なぜ要求に応えられないのか説明できなければならない。
「『物理学のレベルまで掘り下げろ』がイーロンの口癖ですよ」とジャビダンが言う。
2012年にモデルSの開発が完了に近づいてくると、マスクの要求内容はますます細かくなった。ある日、工場内でマスクは完成したモデルSの運転席に乗り込んだ。フォン・ホルツハウゼンも助手席に座った。
しばらく視線をあちこちに動かしたあと、サンバイザーに目が止まった。色はベージュで、縁の縫い目から布の切れ目がわずかに見えていた。

「こんなにはみ出しているじゃないか」
サンバイザーを留めるネジもマスクには気になって仕方ない。
「このネジが目に入るたびに、目がナイフで切り裂かれるように不快だ」と言う。
要は全部気にくわないのだ。
「世界最高のサンバイザーとはどういうものか検討し、改良しなければならない」とマスクは指摘したのだった。