人が媒介するメディアとしての本屋B&Bを営む内沼晋太郎さん。
雑誌をつくるように、「これからの街の本屋」というコンセプトを決め、「本屋×ビール×家具×イベント」というテーマを持って、本を選びイベントを企画する。
B&Bが本屋でありながらも、本だけでなくビールも家具もイベントも売って、さまざまな角度から企画が生まれるメディアとしての場所であるのと同様、内沼さんもB&Bの店主という枠におさまらず、広義の「本」にまつわるさまざまな企画を生み出すメディアの人。
今年6月には、「A Film About Coffee」で映画配給にも参入し、その範囲は既存の本の枠を飛びこえる。
メディア化する場所としてB&Bのあり方を聞いた前編に続き、後編では、場所というメディアを編集する内沼晋太郎さんの仕事と頭の中に迫る。(取材・徳瑠里香、藤村能光[サイボウズ式]/写真・岡村隆広)

アイデアで課題を解決する、内沼晋太郎の仕事
僕のそれぞれの仕事に共通している大きな動機は、巨大な出版業界というものが抱えている課題に、ほんの少しでも解決の糸口になるような取り組みを行うことです。
B&Bはそのうちの一番大きなプロジェクトですが、ほかにもNUMABOOKSとして様々な仕事をしています。
たとえば、読書用品ブランド「BIBLIOPHILIC(ビブリオフィリック)」。これは、ディスクユニオンという会社が運営していて、ぼくがクリエイティブ・ディレクターとして企画から携わっています。
従来の新刊書店を成り立たせるひとつのアプローチとして、本よりも高い利益率の雑貨を仕入れて併売するということがありますが、書店員が雑貨については素人があるがゆえに、なんだかイマイチなものが売られていることが多いな、という問題意識から生まれています。
「BIBLIOPHILIC」は、どこの本屋であっても併売しやすく利益率の高い商品として、本や読書にまつわる雑貨ブランドとして企画しました。メインの商品はブックカバーです。きちんとアパレルのクオリティでものづくりをして、統一感のあるデザインの中から、お客様が気に入ったものを選べるようにしています。ブックカバーだけをたくさんの種類から比較検討できるような場所は、ありそうでなかったですからね。
そこには本を読む人を増やしたいという思いがあります。たとえば趣味でキャンプをはじめようというときに、テントやウェアやアウトドアのギアなどグッズから入る、俗に言う「形から入る」という文化があるじゃないですか。まず気に入った道具があって、それを使いたいというモチベーションを入口に、趣味としてのめり込んでいく。
「読書」というのも、ある時代までは多くの人が生活の中で当たり前にしていたことだったけれど、いまはそうじゃない。「ランニングが趣味です」と同じような意味で、「読書が趣味です」と言う時代になったと思うんですね。当然、読書という趣味に出会わないまま、生涯を終える人もでてくるわけです。そこで、本と出会ってもらう入り口として「形から入る」ことができるような、使いたくなるブックカバーをつくろう、と。
ほかにも例えば、「DOTPLACE」というこれからの執筆・編集・出版に携わる人のためのウェブサイトを運営しています。ここでは、いわゆるPV至上主義じゃないやり方でどうやって読み応えのあるコンテンツをWEB上に成り立たせて、マネタイズできるか、という課題にも取り組んでいます。まだまだこれからですが、来年には新たな展開が発表できると思います。

新しい価値のある場所をつくる
あとは、書店づくりのアドバイザーとしてプロジェクトに入っていくこともあります。今取り組んでいるのは、渋谷に新しくできるHMVの新業態「HMV&BOOKS」と、青森県八戸市で行政が直営するセレクトブックストア「八戸ブックセンター」。それぞれB&Bとはまた違った、前例のない新たなチャレンジを多く含んでいるので、とてもエキサイティングです。
「BUKATSUDO」というみなとみらいにあるシェアスペースのディレクションもしています。コワーキングスペースと、キッチンなどの時間貸しのレンタルスペース、「BUSHITSU」と呼ばれる月額のプライベートスペースなど、いくつかのレイヤーに分かれています。
当初はネーミングやプロジェクト全体の企画、施設の設計におけるクリエイティブ・ディレクションの仕事で入らせてもらって、現在はスクールやイベントの企画を手がけています。横浜のみなとみらいという街において、いかに暮らす人や働く人のコミュニティをつくっていきつつ、同時にシェアスペースとしてのブランディングをしていくか、という仕事です。
一方、場づくりという意味では同じでも、B&Bでは、お客さん同士のコミュニティを濃くしていくような施策には、あえてそれほど取り組んでいません。もちろん濃いコミュニティをつくって常連を囲い込むというビジネスモデルの本屋もあり得ると思いますが、そもそもうるさい接客をされずひとりでじっくり本と向き合えることは、街の中で書店という場がもっている大きな価値のひとつです。
メールやSNSなどで囲い込んでいくのも結局、ある種の人たちにとってはノイズになるものをまき散らしていくことになるので、それは少なくとも、いまぼくたちがつくりたい本屋とは少し違うんですよね。常連さんばかりで一見さんが入りにくい飲み屋みたいにはしたくないんですね。
逆に「BUKATSUDO」は、公民館の新しいモデルみたいなものを目指しているので、いかに常連になってくれる方を生み出して、彼らを中心にコミュニティをつくることができるか、ということを考えています。
映画配給をはじめた理由
今年の6月から、映画「A Film About Coffee」の配給・宣伝に携わっています。
理由はいろいろあるんですが、『本の逆襲』にも書いた通り、前提として僕は「映画」も広義の「本」といえると考えているんです。インターネット以降、特にインターネットや電子書籍の登場以降、「コミュニケーション」や「コンテンツ」や「メディア」といった言葉と「本」との境界は、どんどん溶け合ってきています。
そんな中、B&Bを3年やってきて、ふと、映画業界と出版業界とは近しいことが起こっている、ということ気づいたんです。業界全体の売上は、どちらも下がっている。一方、年々、本の出版点数も、映画の公開本数も増えている。小さい本屋や映画館が閉店していくなかで、大型書店やシネコンは開店している。つまりどちらにおいても、均質化した規模の大きいものが力を伸ばし、小さいものが消えていく、という現象が起こっているんですね。
僕らはB&Bで、本の販売と相乗効果のある他のビジネスを組み合わせることによって、小さな本屋であっても成り立つビジネスモデルを、3年かけてつくり上げてきました。僕らなりの小さいもののあり方のモデルが一つできたとするならば、これは映画にも生かしていけるんじゃないか、と思ったんですね。つまり小さくても、映画の上映だけではないところで、相乗効果を生み出して、価値に変えていけるんじゃないか、と。
しかし実際に具体的な検討をはじめてみると、映画館は本屋よりもさらにハードルが高いことがわかりました。物件上の制約もあるし、僕自身も映画業界についてもっと知る必要があるし、設備にお金も必要になってきます。
そんな中で出会ったのが、「A Film About Coffee」というサンフランシスコのインディペンデントなチームが自主制作した映画でした。
コーヒーカルチャーの新潮流を描いたドキュメンタリーで、この映画を観ると果実としてのひとつぶのコーヒー豆が愛おしく思えると同時に、単純に美味しいコーヒーが飲みたくなる。本とコーヒーはすごく相性がいいし、そもそもコーヒーは場をつくるものですよね。
この映画だったら、自分がいままでやってきたことと、これからやりたいこととがつながるな、と。ただ映画としてというより、コーヒーの世界への入り口として、コーヒーに携わるひとたちと一緒に盛り上げていきたい。
そう考えて、この映画を配給・宣伝するチームに加わることにしました。映画は12月12日に新宿シネマカリテを皮切りに全国公開予定で、現在いろいろ仕込み中です。まずはこの映画とコーヒーのことしか考えていませんが、今後も映画に関わる仕事は少しずつ続けていくつもりです。
人と人、人と本、本と本をつなぐメディア
本と映画。人から見ると違うことをやっているように見えるかもしれないけれど、僕にとっては「新たな価値のある場をつくる」という、自分が得意なことをやっているだけなんです。
ぼくにとってアイデアや企画というのは、課題を解決するもの。ぼくのところに来るような話はたいてい、領域をまたがった複雑な課題を抱えたものが多いので、それについて真剣に考えて方向性を見つけていくと、自然とこれまで世の中になかったようなものになっていく。そういうことについて考えていくのが楽しい。
これからどんな課題がやってくるのかわからないですが、おそらくずっと広義の「本」と「場づくり」に関わる仕事を続けていくのでしょう。これからもいろんな、人と人、人と本、本と本をつないで媒介するメディアを作っていきたいと思います。

1980年生まれ。numabooks代表。ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。一橋大学商学部商学科卒。某国際見本市主催会社に入社し、2ヶ月で退社。往来堂書店(東京・千駄木)に勤務する傍ら、2003年book pick orchestraを設立。2006年末まで代表をつとめたのち、numabooksを設立。著書に『本の逆襲』(朝日出版社)など。

学生時代に往来堂書店で手に取った、クラフト紙に包まれ、本のなかの一節だけが書かれた中身の見えない〈文庫本葉書〉。新しい本との出会いに胸がキュンとした。その体験をきっかけに内沼さんのことを知り、表裏両面からはじまる『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』を読んだ。内沼さんはいつだって、一般的な書店や出版社とは違う角度から、新しい本との出会い方・楽しみ方を仕掛けてくれる。だから、内沼さんが本屋をつくると聞いたときは楽しみで仕方なかった。まもなくオープンしたB&Bを訪れたときの静かな興奮を今でも覚えている。それから3年、内沼さんに「メディアとしての書店」について話を聞いた。内沼さんは感覚とロジック、冷静さと情熱を持ち合わせた希有な人だと思う。B&B、そして内沼さんは私たちにこれから、どんな”知的好奇心を揺さぶる体験”を提供してくれるのだろう。目が離せない(徳瑠里香)。
おわり。