
ぼくは、勝新太郎の最後の「弟子」だった――。晩年の勝新太郎と濃密な時間を過ごしたノンフィクションライターの田崎健太氏が、勝新の駆け抜けた人生を著した『偶然完全 勝新太郎伝』。大麻・コカイン事件の舞台裏が明かされた前回に続き、勝新の豪快エピソードが詰まった部分を特別公開する!
勝流「女の口説き方」
『週刊ポスト』で、勝新太郎による人生相談の連載担当になった筆者は、初対面から彼の放つ魅力に惹きつけられる。そして、勝に振り回されるとんでもない日々が始まった――。【前編より】
次の取材は、勝プロで話を聞くことになっていた。連載は始まっておらずまだ質問は来ていない。そこで事前取材としてぼくが聞きたいことを、ファックスで送っていた。勝の部屋に入ると、老眼鏡を掛けてその紙を読み耽っていた。
「粋な遊びとは何かって聞かれてもね」
勝は顔を上げた。粋な遊びを教えて下さいという質問を入れておいたのだ。
「綺麗な女の子を見る度に、この子は今夜付き合ってくれるかなぁなんて考えていたら、遊びが裕福にならない。なんというか、遊びっていうのはキャッチボールみたいなものだね。
今日パーティがあるとする。その前に軽くお腹に入れていくだろ? それと同じで、遊びに行く前に、一遍せんずりやって、自分で出すものを出すんだよ。
銀座のクラブであれ、祇園町のお座敷であれ、自分の隣に座ってくれた女の人がどれだけ楽しんでくれるか。その人たちに好きな飲み物を頼んであげて、楽しませる。
金がなくちゃ遊べないけど、株で儲けたとか地上げで儲けたとか、金があるから遊べるもんでもない。粋がないとね。粋という、粋だけじゃなくて、心意気の〝いき〟でもある」
遊びと言えばこんな話がある、と話し始めた。
「昔、ある長唄の師匠がいた。所帯持ちの人だったんだけれど、芸者のことが好きになって口説いた。そうしたらその芸者が、おっしょさん、いいわよ、浮気しても、って言ってくれた。ある夜、待ち合わせて食事をしようということになった。
ところが、その師匠は懐が寂しくてね。そこで一人分を浮かそうと考えた。他の弟子たちがステーキを食べたいって言うから、帝国ホテルで食べてくるので先に食べておいてくれって言ったんだ。彼女が待っている近くをうろうろして、チャーシュー麺か何かを食べてから、店に行った。この芸者というのは酒が強くてね。
がばがば飲まされちゃって、その内、悪酔いしちゃったんだよ」
上半身を揺らせて酔った振りをした。
「大丈夫、大丈夫っていいながら、戻してしまった。みなが駆け寄ると、戻したものの中にあるのはラーメンだけなんだよ。師匠はそれに気がついて、必死で〝もうすぐステーキが出てくるから〟って」
勝の苦しそうな表情にぼくは吹き出してしまった。