世の中に必要とされたいあなたへ――松浦弥太郎が考える「愛される人間」のきほん

2015.11.4 WED

松浦弥太郎。

18歳で渡米。アメリカで集めた古本を、道端や代々木公園のフリーマーケットで販売することからはじめ、小さな書店を起業し、本や雑誌で文筆業を営む。『COWBOOKS』の代表を務め、「暮しの手帖」の編集長に。そしていま、50歳を前にクックパッドで「くらしのきほん」を立ち上げ、インターネットでコンテンツを発信し、新しいサービスを発明しようとしている。

手段や場所は変わっても、そこにはいつも「松浦弥太郎」という個人の存在があり、そのすべてが“メディア”になっているように思う。

「ぼくらのメディアはどこにある?」のテーマを考えたとき、インターネットがない時代から「メディア化する個人」であり続ける松浦弥太郎さんに話を聞きたいと強く思った。そこで、「くらしのきほん」がスタートして3ヵ月経った頃、松浦さんに会いに行き、真っ直ぐに疑問をぶつけてみた。

松浦弥太郎さん、メディアってなんですか?(取材・徳瑠里香、藤村能光[サイボウズ式]/写真・三浦咲恵)

世の中に忘れられたくないから、自分がメディアになった

僕は「メディア」を思い浮かべると、すごく自然に「個人」という言葉が出てきます。

ソーシャルメディアが普及して、いまはある種的を射た言葉なのかもしれないけれど、僕には昔から無意識的に「自分自身がメディアだ」という感覚が備わっていたように思います。

僕はもともとフリーランスというか、会社に属さないで仕事をしてきた経歴があるのですが、自分自身がメディア化していかないと存在理由が示せなかった。いま思えば、ですけれど。

自分が世の中とコミュニケーションをとったり、仕事を通じて世の中とかみあったりしていくために、自分がメディアになろうとしていたんですね。

そのモチベーションのようなものは、自分のなかの最新を常に発信していかないと、「自分自身が忘れられちゃう」という危機感です。とにかく必死でした。

漠然としていますけれど、世の中の人それぞれに、たとえば自分が困ったり悩んだときに問題を解決してくれる“お品書き”のようなものがあったとして、その端っこにでも、値段と一緒に自分の名前が書いてあってほしい。

そこから外れてしまったら、世の中の人が自分を必要としなくなってしまうという恐怖心。それは今でもありますね。明日になったら自分の名前が消えてなくなっているかもしれないと毎日のように不安感を抱いています。

そのときどきにこみあげる自分の「好き」を発信し続けてきた

僕がなんとなく、自分自身がメディア化することを意識して発信し始めたのは、おそらく30歳くらい。ある種の仕事術として身につけたんだと思います。それが自分にとって必要なものだと確認をした。

それまでは、半径50mくらいの狭い領域だったと思うんです。つまりマスではなく同じ価値観、同じ空気感で、「この感じいいよね」という感覚が共有できる人たちだけの小さなサークル。かなりマニアックな。

そこからスタートして、僕のなかでだんだんと欲が出て、もっと多くの人に知ってもらいたい、自分がリーチ出来ない人たちに投げかけることができないか、と少しずつそのサークルを広げるチャレンジをしてきた気がします。

自分自身がメディアになるということは結局、そのときどきの自分の「好き」というサークルをいくつもかたちにして発信することだと思っています。

抽象的なんですが、それは、心の奥からこみあげてくる感じ。

ウェブや本や雑誌とか、「好き」を伝える手段は正直なんでもよくて。自然と伝えたい「好き」が瞬時に心の奥からこみあげてくるから、そのときどきで一番いい方法や媒体、環境の中から伝えていく。いわばセンスなんでしょうけれど、これじゃなきゃってことはない。

僕には必ずそのときどきにこみあげてくる「好き」がずっとあるんですよ。新しい好きが見つけられたら、そのサークルはどんどん増えて広がっていく。たとえば、本が好きというサークルから始まって、旅が好きというサークルが増えていくように。

一度好きになったものを嫌いになることはないですから、自分の好きが増えていくことで、サークルが重なりながらその面積が増えていく。そうすると、自然と伝えられる人たちも増えていきますよね。

優先順位の一番上は、人を傷つけたり悲しませたりしないこと

伝えられる人が増えていったときに、自分自身がメディアとして一番気にしているのは、人を傷つけないか、がっかりさせないか、悲しませないか、ということ。嬉しいとか、役に立つかよりも一番上にあるのは誰かを傷つけたり悲しませたりしないことなんです。

幸いにも僕は、30歳くらいから本や雑誌で文章を書いていて、読んでくれた人から手紙をもらうことが多くありました。

そこにはご自身の内面的なことまで綴られていることもあったのですが、必ずしも褒めてくれるものばかりではないんです。自分を正してくれるものもあるし、ときには怒られることもあるし、傷つけられたと言われることもある。

30歳からずっとそんな手紙を受け取ってきて、世の中にはすばらしいと思ってくれる人がいる分、悲しいと思う人たちがいるんだ、ということを経験しているわけです。

傷つくことや悲しいことはゼロにはならないでしょう。僕も生身の人間でパーフェクトではないですから。でも、傷つく人や悲しむ人は一人でも二人でも減らしたい。そのための仕事への向き合い方と、アウトプットのチェックには、ものすごく神経を使います。

好きになってもらう努力を徹底的にする

自分自身がメディアになるとき、自分にはプライベートもないですよ。どこからどこまでが仕事で、どこからどこまではプライベートという線が引けなくなります。だから届いた人の喜びも悲しみも全部受け入れると同時に、何が起きようとその覚悟も持たなくちゃいけない。

常に、自分を見守ってくれて応援してくれる人がいれば、自分に対して意見する人や好ましいと思わない人もいる。その両者がいつも身近にいるという緊張感があります。しかし、その場所からいなくなることはできないんです。

自分に対する暖かい風と冷たい風が吹いていること、それを受け入れることはメディアとして当たり前。あれこれ言うのはおかしなことなんです。すべて感謝するしかないのです。

冷たい風には、いまでも慣れることはないけれど、ちゃんと向き合い受け止める。その覚悟は、日々、自分が書く文章やコンテンツに自然と現れていくような気がしますね。

受け取る人にはもちろん好き嫌いはあると思うけれど、その覚悟は信用につながります。メディアはやっぱり信用されないとダメ。信用されたいがために、覚悟や自分に対する疑いの目を持つんです。

自分を好きになってくれる人と嫌いな人がいるのは当然。でも、開き直っているわけではなくて、できれば好きな人にはもっと好きに、嫌いな人には少しずつ好きになってもらう努力を徹底的にしています。

正しいよりも、「人間味」があるほうが愛される

好きになってもらえるかどうかは、正しいとか公正であることよりも「人間味」だと思います。何を言っているんだよ、と思われるかもしれないですが、嫌われずにやっぱり愛されたいですよ。僕も人間ですから。

正しければ愛されるわけじゃないですよね。僕も生身の人間で、毎日笑ったり泣いたり怒ったり失敗もたくさんしていて、正しいことはできていない。感情的になることもあるし、過ちもおかします。

なんだろう、でも、精一杯……。

精一杯である自分の姿勢であり生き方をコンテンツの力にしているんです。それは、ありのままの人間、でもあるんですね。

僕はよく、放課後の小学校の校庭で子どもが、逆上がりの練習をしている姿を思い浮かべるんですよ。できないけど、一生懸命何度もやる姿が好きで。くるくる上手くできるよりも、なんとかできるように「精一杯」がんばっている姿が愛おしくなる。

僕はそういう姿に美しさを感じるし、そういう美しさをいつも探していて、自分自身もそうありたいと思っています。

結局、いなくなったら困るなっていう存在になりたいんです。たとえばいまなら、「くらしのきほん」がなくなったら困るよね、と。誰かに好きになってもらえるように、世の中に必要とされたいから、自分から一生懸命、世の中のことをすべて愛する努力をしているんですね。

仕事にしても暮らしにしても、モチベーションはそこにあるんだろうなあ。個人でありメディアである僕の存在価値は、愛されるかどうか。個人として、メディアとして…人間としてのきほんみたいなことを、信じているのかなあ、僕は。

自分がメディアとして、毎日話しかけること

笑ったり泣いたり、苦しんだり悩んだり…そういうものをみんなで分かち合いたいんですよね。だから僕は、メディアを通じて、いろんな人に毎日、話しかけているんです。

話しかけ方はいろいろで、その都度、自分にとっての嬉しい話しかけられ方を、思い切り考えているように思います。自分がしてもらって嬉しいことは何かをいつも考えます。

そして、勇気を出して、照れずに、自分から精一杯「話しかける」。いつか振り向いて、話をきいてもらえるように。いつか仲良しになれるように。「自分」を好きになってもらえるように。その「自分」は「メディア」と一緒です。

泣いたり笑ったり、怒ったり喜んだり、そういう人間のかわいさと弱さを失わずに、今日も明日もあさっても、毎日話かけていきたいです。

松浦 弥太郎(まつうら やたろう)
「くらしのきほん」主宰 / エッセイスト

2006年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年4月にクックパッド(株)に入社。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。
松浦弥太郎instagram/松浦弥太郎の『続・くちぶえサンドイッチ

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