2015.10.31
# 雑誌

五郎丸歩 独占インタビュー!ラグビーW杯、「恐怖心」と戦った4年間〜そのすべてを明かす

ラグビーの歴史を変えた男の知られざる戦い
週刊現代 プロフィール

W杯を迎えるまで、僕は代表戦に53試合出ていましたが、本番が近づくにつれ、国を背負って戦う責任の重さの違いを感じていました。ただ、このプレッシャーは普段、絶対に味わえません。逃げたくなるような重圧さえも「楽しもう」と考えることで、自分の中に起こるであろう変化を前向きに捉えようと発想を変えました。

僕たちは、リーチ・マイケル主将の発案で、南アフリカの情報を選手全員で共有するため、各選手が、対面する相手選手の特徴を書きこんだホワイトボードを食堂に置いておきました。そのボードを見ているうちに、2日前から重圧が和らぎ、自信が芽生えてきました。やってきたことを出し切れば、必ず勝てる……。

あの試合は、前半からFWが奮闘して相手ボールを奪い、南アフリカに最後までリズムをつかませなかった。僕も24得点できました。

試合後、「奇跡ではない。必然です」とコメントしましたが、実際は冷静ではなかった。正直、勝った実感はなく、けれど、その晩は興奮して寝られなかった。

寝惚けまなこで迎えた翌朝、携帯電話がこわれるんじゃないか、と感じるほどたくさんのメールをいただき、SNSでは何度もハイライトシーンが映し出された。それを見て初めて「南アに勝ったんだ。歴史を変えられたんだ」と実感がわき、ベッドの上で熱い滴が止まりませんでした。

涙をぬぐいながら、代表で過ごした日々が頭を駆け巡りました。19歳で選ばれた時は周囲の過大評価に戸惑い、4年前は、W杯期間中に1度招集されながら、急遽、他チームの選手が選ばれ、結局、代表に合流できなかった。

'12年に代表に復帰してからは国内で行われた欧州の強豪・ウェールズ戦やイタリア戦に勝っても「(代表に)外国人が多いせいで勝てたんだろう」と素直に認めてもらえず、とても悔しい思いをしました。

もう一つの「ルーティン」

'04年に欧州遠征した日本代表は、スコットランドに100失点、ウェールズにも98失点して大敗。以来、日本は欧州で「ラグビー後進国」のレッテルを張られました。

しかし、「スポーツ史上最大の番狂わせ」を演じた後は、自分たちに向けられる視線が変わりました。南アフリカを破って「汚名」を返上したことで、ラグビー発祥の国も認めてくれました。堀江(翔太)はW杯期間中、散髪代さえ、払わなくて済むようになったのです。

僕が大事にする、ゴールキック前の「ルーティン」はお馴染みになりましたが、実はこの大会期間中、自らに課した、新たな「ルーティン」がありました。それは、日記をつけることです。

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