2016.01.31

水木しげる、最後のインタビュー
「生死について、人間について、自分が抱えていた疑問に答えてくれたのは、ゲーテの言葉だった」

水木さんが激戦地ラバウルにも持って行った岩波文庫版『ゲーテとの対話』。暗記するまで何度も繰り返し読んだという言葉を裏付けるように、各ページにはビッシリと線が引かれている

――他人に勝つ必要はないですか。

水木 他人と比べるから不平不満を感じるわけですよ。本人が納得して満足すれば、それが幸せってことになるんじゃないですか。出世して自分だけいい思いをしようと思ったら、ニーチェの思考ですよ。水木サン(水木は自分のことをこう呼ぶ)にとって、ニーチェは怖いね。

――水木先生としてはゲーテ哲学に同調すると?

水木 ゲーテの言葉は水木サンにとって具合がよかったんじゃないですか。人物で尊敬するのは、ゲーテだけなんです。ヒットラーもいいけどね(笑)。

――ヒットラーは、『革命家シリーズ』と『東西奇ッ怪紳士録』でも取り上げて、伝記漫画を描いていますね。

水木 同年代を生きたヒットラーには関心があったんです。彼がいなかったら水木サンの運命も変わっていたかもしれません(笑)。

――出征することもなかった?

水木 そうかもわからんねえ(笑)。

――ゲーテの伝記漫画は描かれていませんが、どうしてですか。

水木 ゲーテは描こうと思ったけど、たくさん本を読まなければいけないから、それが(時間的に)難しかった。で、いよいよ描こうと思っていたところに、おたくたち(双葉社)がこられたわけです。グッドタイミングですよ。

――そうでしたか。今回は漫画ではありませんが、水木先生のはじめてのゲーテ本ということで、たいへん貴重な作品だと思います。ゲーテの著作はすべて読まれたのですか。

水木 ほとんど読んだねえ。『ファウスト』や『イタリー紀行』なんかも何回も繰り返して読んだけど、もっとも愛読したのはエッカーマンが書いた『ゲーテとの対話』です。水木サンはゲーテの作品よりも、ゲーテ本人に興味があるんです。だから、『ゲーテとの対話』を何回も読んで、ゲーテの言葉を暗誦してましたよ。

――『ゲーテとの対話』は、戦地へも持っていかれたそうですね。

水木 そうそう。岩波文庫から出ていた上中下の3冊を雑嚢に入れて持っていきました。

――ラバウルでも読んでいたのですか。

水木 戦場では読んでいられるような余裕はなかったですね。いつ敵が攻めてくるかわからんし、ぼやっとしてたら死ですから。

――読書が目的というよりも、精神的な支えとなるお守りみたいな存在だったのでしょうか。

水木 そんな感じです。

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