
わずか29文字の「失脚消息」
先週は、甘利明経済財政担当大臣の辞任騒動で、安倍晋三内閣が激震した。だが海の向こうの北京でも、王保安国家統計局長(大臣)の失脚で、同様に大激震が走った。
1月26日午後6時40分、中国共産党中央紀律検査委員会のホームページに突然、次のような発表が掲載された。
〈 国家統計局党組書記、局長の王保安が、厳重な規律違反の嫌疑で、いままさに組織的な調査を受けている。王保安の略歴は以下の通り。王保安、男、漢族、1963年生まれ、河南省魯山人、1984年3月に中国共産党に入党、中南財経大学修士課程修了、経済学博士。……〉
先週のこのコラムで詳述したように、王保安局長は1月19日、年に一度の晴れ舞台で、内外の記者数百人を前に、「2015年の中国の経済成長率は6.9%」と発表したばかりだった。それからわずか一週間後の転落である。
甘利大臣の場合、『週刊文春』が詳細にスクープ報道し、国会でも野党が追及し、おまけに本人が、1月28日夕刻に「涙の会見」を開いて大臣を辞任した。
だが、その2日前に失脚した王大臣の場合、略歴を除けばわずか29文字の「失脚消息」だけだった。中国のマスコミは、この消息を「丸写し」することしか許されていない。国会は3月に10日ほどしか開かれない。開かれても野党8党は、こうした問題を追及する時間も権限も与えられていない。
つまり、「あんなに張り切って中国政府を代表してGDP成長率を発表し、世界中で顔が報道された大臣が、一体なぜ翌週に失脚したのだろう?」と、想像を膨らませるしかないのである。
ある北京人に聞くと、「1月16日にAIIB(アジアインフラ投資銀行)が発足するまで、財政部にメスを入れるのを待っていたのではないか」と推察する。
王局長は昨年4月に就任するまで、財政部副部長(副財相)を務めていたからだ。党中央紀律検査委員会は、予算を統轄する財政部を吊し上げているのではないかというのだ。
別の北京人は、「GDPの数値を事前に漏らして賄賂を受け取っていたのではないか」と想像する。
確かに、国家統計局には「前科」がある。2011年夏、国家統計局の幹部二人が逮捕された。二人は何と計224回にもわたって、3ヵ月毎に発表するGDPの数値などを、発表前に証券業界や海外メディアに売り渡していたのだった。彼らは禁固5年の実刑判決を受け、今夏に出所する。

ここからは私の推測だが、このところ中国人全体が、経済悪化に苛立っている。そのことで、これからも経済関係の国務院幹部たちが「替罪羊」(生贄)にされていく気がする。
それは、「無辜の官僚」が犠牲になるということではない。私は胡錦濤時代の官僚たちの様子を北京で見てきたが、経済官庁の幹部と会食するのに、民間企業の経営者たちが心付けをするのは「常識」だった。だから、高級官僚は誰でも「叩けばホコリが立つ」のである。
習近平政権の反腐敗運動の問題は、政権側が恣意的に、誰を叩くかを選べるところにある。反腐敗の名を借りた「権力闘争」と言われるゆえんである。