そもそも原油安は、中東などの産油国から、日本などの輸入国への所得移転であり、国際経済全体でみても、その影響はニュートラルなはずだ。しかし、中東などの産油国は、原油安による収入減を埋め合わせるために、政府が出資するファンドが保有する海外株式などを売却している。
金融関係者によれば、中東のファンドが保有する株式は6000億ドルにも及ぶという。無論、売却された株式の中には、アベノミクスで急伸した日本株も大量に含まれており、急激な株安を演出したというわけだ。
一方、原油安の恩恵を得た日本企業や消費者は、所属増をすぐに株式投資などに回すわけではない。ここで生じたミスマッチが、国際的な資金の流れに歪みを生み、グローバルな株安の元凶となったのだ。
そして、もう一つの焦点が中国経済だ。黒田は周囲にこう語っているという。
「中国経済の最大の問題は政府が市場との対話に失敗していることだ」
統計などの信頼性が欠けているだけに中国の実体経済が、どのような状況なのかは、把握しようがない。さらに、株式の売りが加速すると人為的な取引停止を繰り返すといった手法は、中国政府が相場をコントロールしようとしていると受け止められ、あらためて中国の金融市場が未成熟であることを世界に知らせる逆効果を招き、中国経済の崩壊不安を煽る結果となったのだ。
「戦力の逐次投入」を一番嫌っていたはずでは…
お金を預けるとお金を取られ、お金を借りるとお金がもらえる――。マイナス金利は、われわれの常識を覆し、まるで不思議の国に迷い込んでしまったような戸惑いとショックを与える。
黒田は、マイナス金利が与える衝撃をテコに、企業や個人の円への執着を捨てさせ、消費や投資へと資金を振り向け、デフレ脱却を実現しようとしている。ただ、原油安や中国経済崩壊懸念が生み出した市場を覆う黒雲の闇は、想像以上に深く、デフレ脱却への道に立ちはだかっている。
本来なら、黒田はマイナス金利に加えて、これまでの量的質的金融緩和を拡大、国債の買い入れ額を80兆円から100兆円に増やし、上場投資信託(ETF)の買い入れ額なども思い切って増やすべきだったのではないか――。
市場ではこんな声が多い。
黒田はマイナス金利という新たな武器を投入したものの、従来戦力の増強を封印したことで、激しい市場の動揺を抑えるにはインパクト不足で、黒田が嫌う「戦力の逐次投入」との印象すら与えているのだ。
では、なぜ黒田は、こうしたメニューを選択したのだろうか。