認知症の人が住む「別の世界」とは?
政府は「介護離職ゼロ」を政策に掲げ、「認知症対策は緊急の課題。国を挙げて取り組む」と、しきりにアナウンスしています。国が本腰を入れて取り組んでくれるのは喜ばしいことですが、役所が何かしてくれるのを待っているわけにはいきません。
家族や現場のヘルパーにとって、認知症は “いま・ここ”の問題であり、“待ったなし”の現実なのです。そんな困っている方々を「できるだけ早く・少しでも楽にしたい」との思いから、今回私は『認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ』という本を上梓しました。

(漫画・秋田綾子)
冒頭で紹介した数々の行動を、かける言葉をちょっと工夫したり、接し方を少し変えるだけで抑えられると言ったら、読者のみなさんは驚かれるでしょうか。もちろん、何でもスパッと解決できるわけではありません。
認知症の症状は多様ですし、家族のニーズもさまざまです。解決までに時間がかかることもあれば、たまには失敗することもあります。ですが、認知症の人の個性に目を向け、その生き様に寄り添う心がけがあれば、上手な対応はできるのです。
私がお伝えしたいのは、決して空虚な精神論ではありません。そもそも私だって、最初から認知症の人にうまく対応できたわけではないのです。
現場で認知症を見て・聞いて・肌で感じるなかで、「これが原因ではないか」と仮説を立て、試行、検証していくことで生まれたのが、本書で提案する「引き算」の介護なのです。
認知症の人と接するときは、“住む世界が違う”ことを意識しなければなりません。
私たちは、記憶や経験を積み上げて生きる「足し算の世界」に住んでいます。認知症の人はこの逆で、病気によって記憶や経験を失い、ものごとを正しく捉えられない「引き算の世界」にいるのです。だから認知症の人を、私たちの世界の事実で「説得」するのは無益な話。むしろ、その人の「引き算の世界」に入り込み、「納得」して動いてもらわねばなりません。
では、どうすればいいのでしょうか。たとえば先に触れた、薬局へ怒鳴り込む女性は、元薬剤師でした。彼女は“自分がまだ現役の薬剤師”の世界にいたわけです。そこで私は、こう言ってデイサービスに来ていただきました。
「お年寄りのために、薬の相談係をお願いします」
上の漫画も実際にあった事例です。この男性(アルツハイマー型認知症でした)の場合は、“勲章をもらう”という彼の世界に合わせたわけです。ただ、本当にタキシードを用意するわけにはいきませんから、そこは工夫が必要でした。
今回の本の中では、こうした声かけのコツをたくさん紹介しています。主要な事例は漫画で紹介し、わかりやすくしました。日々介護に取り組む方々の役に立てば幸いです。
読書人の雑誌「本」2016年4月号より