――外部と接触しない裁判官の閉鎖的な体質についても描かれます。
調べてみると、裁判官というのは官舎に住み、居酒屋に寄ることもなく職場と家を官用車で送り迎えされる日々です。そんな隔離された生活を送っていては、ごく一般的な常識を持てないのではないかと疑ってしまいますよね。
ただ、じゃあ裁判員による裁判がいいのかといえば、法律のプロではない一般市民が適正に裁けるのかという疑問もある。これも、どちらがいいとは言えません。
――検察や裁判官といった「司法」のあり方を変えるだけでは冤罪はなくならない?
構造を変えればいいという問題ではないと思います。冤罪というのは、司法のみならず、事件に関わった当事者たちの様々な思惑が絡み合った結果、生まれてしまう。本作では、冤罪事件が起こってしまう複数の要因を描きたいと考えました。
家族というテーマ
――洋平の相談相手として雑誌記者の夏木涼子が登場します。涼子は新聞記者でしたが、大きな誤報を出して会社を去ったという過去があります。
主人公が学生で、法的な知識がないですから、彼を助ける人物が必要ということで考えました。特にモデルにしたジャーナリストはいません。僕はデビューしてから様々な記者に取材を受けましたが、気さくで丁寧な方ばかりで、涼子のような鋭い駆け引きをされたことはありませんし、マスコミに不信感を抱いてもいません(笑)。
ただ、昨今の報道を見ていると、政治的な内容の場合、左右問わず偏向してしまうジャーナリストが多いのではないかと、疑問を抱くことはありますね。
――洋平の大学の同級生である三津谷彩も事件の真相究明に協力します。
すべての事件で涼子が解決してしまうと、ワンパターンになってしまうということで登場させたキャラクターですが、彼女の素朴な疑問が真実に辿り着くヒントになるなど、ずいぶん活躍してくれました。
――洋平には死刑囚となった実の父のほか、育ての父である石黒剛もいます。どちらの父親も、洋平に深い愛情を注いでいますね。
父親の息子への強い思いをどこまで説得力を持って書けたかどうか、当初は不安もありました。読者から「これは家族愛の物語だと思う」という感想をいただいたので、受け入れてもらえたかなと思います。僕は、家族というのはどういう形であれ、最後まで切っても切れない関係だからこそ、どんな物語を書くときでも重要なテーマになると思っています。
――警視庁のいかめしい佇まいや法廷の冷ややかな光景など、場面描写の緻密さも読みどころです。
いつも「読者が行ったことのない場所を映像のように描く」ことを心がけています。ただ、普段は京都住まいなので、東京の光景は実際にはあまり見られません。今回の作品に登場する風景のうち、歌舞伎町だけは実際に見ました。といっても、ご飯を食べに行っただけですが(笑)。
――本作では冤罪、デビュー作では残留孤児問題を扱うなど、下村さんは社会問題を積極的に取り上げています。
ごく普通に生きていても、社会問題とは無関係ではいられませんから、世界で起こっている様々なことは身近な問題として捉えるようにしています。数年前から関心があるのは難民問題。次作は中東のクルド人難民を取り上げる予定です。
(取材・文/平井康章)
『週刊現代』2016年4月23日号より