坂口恭平の熊本脱出記(2)真夜中の激震〜なぜ僕は「避難所」で鬱になったか

坂口 恭平 プロフィール

避難場所はマンションの向かいの広い駐車場。あそこであれば建物が倒壊しても、被害を受けることはない。急いで降りると、みんなで駐車場へ向かった。まわりから避難してきた人が集まっている。

マンション向かいの広い駐車場に全員避難。ここで夜が明けるのを待つ。

調べると、震度6強、マグニチュード7.3。

とんでもない地震がここ新町でも起きた。余震も続いた。アスファルトの下に巨大な怪獣が潜んでいるような気分だった。怪獣はときどき通り過ぎていく。アスファルトの下から突き出てくるのではないかとすら思った。

僕は車に隠れたかったが、あいにく車は熊本空港にあり、福岡の友人ヒロミはもうすでに帰ってしまっていた。隠れるところはない。僕たち7人は、寒い夜を、その駐車場で過ごすことになった。車中泊をしている人からレジャーシートや毛布などの差し入れをもらった。それでどうにか暖をとった。

深刻になったら終わりだ

停電しているので自動販売機も使えない。不思議なことに夜型のゲンはまだぐっすり眠っている。ゲンを毛布で包むと、分けてもらった服や毛布をみんなで分けた。

捨ててあった新聞紙を子供たちの足や肩にあてた。新聞紙が暖かいというのは路上生活者に学んだことだ。なぜか僕はパジャマのままでも平気だった。

そうやって日の出まで駐車場で過ごした。恐ろしかったが、子供たちは「地震が来たらサーフィンをするように」と覚えていたので、いつも体を揺らしながら、強い余震を次々にかわしていった。ときどきは飛んでかわした。笑う場面もあった。ギターも弾いた。

とにかく深刻になったら終わりだ。すべてを笑い飛ばす勢いで、僕は躁状態を限界にまで引き上げ、チャップリンのように変な動きをした。誰も死んでいなかった。

日が昇ったとき、体の奥から喜びが溢れ出た。

関連記事