坂口恭平の熊本脱出記(2)真夜中の激震〜なぜ僕は「避難所」で鬱になったか

坂口 恭平 プロフィール

その後、貴重品などをとってくるために、再び戻ろうとしたが、いつ揺れるかわからないので、恐ろしい。それぞれ順番に僕がつきそって、取りにいくことにした。子供たちを置いていくわけにもいかない。

無茶苦茶になった自宅へ、おそるおそる貴重品を取りに。

これからどうするのか。そんなことは一つも考えなかった。ただ生きること。死なないこと。それしか考えなかった。

しかし、マンションには戻れない。アオが通っている五福小学校に避難所ができているという情報が、フーのLINEに入ってきた。

避難所で感じてしまった視線

僕は避難所にいくことにあんまり興味がなかった。なぜならそこでは僕は使い物にならないからである。

僕は冒険野郎で、危険なことを犯してでも危機を乗り越えたり、ただただ腹を抱えて笑い転げるような話をすることは得意なのだが、掃除したり、食事をつくったりなど、他者と協力しながらやる日常的な作業がまったくできないからである。

それでもフーの友人は、「来て、予約しておくから」という。僕に対案があればよかったのだが、何もなかった。そこで仕方なく、僕は避難所である五福小学校にいくことにした。

親友が消防団の法被(はっぴ)を着て作業をしていた。知人が野菜を切っていた。こういう作業を僕もやることになるのかと考えるだけで鬱になった。

僕たちの場所は体育館の入り口前の廊下だった。知らない人が通りすぎていく。僕はさっきまでの勇敢さはどこへいったのか、ただシートの上に倒れた。恥ずかしすぎて、毛布を顔からかぶった。かぶったふりして隙間からのぞいていた。

五福小学校の体育館

すると、大人や子供たちが僕のもってきたギターを見ながら、変な目で見ている。何こんなものを持ってきているのかという視線を感じた。

確かに狭いスペースに身を寄せ合いながら避難しているのに、ギターはかなり場所を食う。僕は邪魔者だった。

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